クトゥルフ神話TRPGヨタ話#44~クトゥルフキャンペーン「ラフカディオ・ハーンと四つの顔」第一話(前編)~

 時は西暦一九三六年。昭和十一年でなく、敢えて私はこう呼びたい。
 大正浪漫は遥か遠ざかり、代わって訪れたのは昭和恐慌、それに満州事変と五・一五事件と云う軍靴のケタタマシイダンスだ。耳に入るのは関東大震災から立ち直った慶びではない、貨幣の落ちる浅ましい雑音と、鉄兜を叩いて唸る鈍い響きばかりである。
 一体、書経尭典の「百姓昭明、協和萬邦」、国民の平和と世界各国の共存繁栄を願う志は何処へ行ってしまったのであろうか。此れを読んでいる諸君が昭和何年か、はたまた次の号を迎えているのかはわからぬが、今この時を「昭和」と呼ぶのは、なんという諷刺の利いたユーモアであると感ぜざるを得ない。
 其の様な世情にも関わらず、文士・宇津木 遊行(うつき・ゆうこう)は三十路も間近になってなお活字の世界に耽溺する人物であった。
 この男、本名友彦(ともひこ)は左耳の欠損のため家督を継ぐ道は絶たれたにも関わらず、むしろ気ままな文筆業に打ち込め、また徴兵を逃れる原因となったこを感謝するような、まア穀潰しでは収まらぬ、怪しからぬ人物であった。
 時々に随筆などを書きながら、所謂隠秘的(オカルト)に強い興味を持っていたのも、また怪しからぬ人物であると言えよう。この時分には、前年に小栗虫太郎が『黒死館殺人事件』を、夢野久作が『ドグラ・マグラ』を出版(なお夢野は出版の翌年、即ち今年三月十一日に没する)と立て続けに隠秘学の大著が成された時であるが、それにしてもこの様な重苦しき時変に斯様な世界に傾倒するとは、矢張り畸人、変人の類であることに異論はない。本人もそれを意識してか、自己紹介の折は
「憂い行く方のゆうこう、ではなく遊び行く方のゆうこうです」
 とことわるのがお決まりであった。
 寒さの染み入る二月の事、宇津木を訪ねる者があった。
 彼は作家仲間の松浦正敬(まつうら・まさたか)。宇津木と違って勤勉な文士であり、文壇でも同士をこぞりてなかなかの地位を築いていた。その彼は“八雲会”なる文芸集団の一員である。八雲会の八雲とは小泉八雲から、出生名パトリック・ラフカディオ・ハーンから取ったものであった。一九○四年に没した、この紀行文作家、随筆家、小説家、日本研究家、多様な貌を持つ西洋人を愛した集団で、彼に関する意見を交換したり、定期刊行誌を出したりしているという。
 ところが、最近この刊行誌の内容に新鮮味が褪せてきた。元から上等な身分の集まり故、執筆陣が限られており、次第にマンネリを避けられなくなってきていた。そこで、隠秘的に並ならぬ興味を持つ宇津木に、違う観点から見た八雲研究の文章を執筆して、ひとつデビュウしてみないかと持ちかけたのである。期限は一ヶ月、日本に遺る八雲の史跡の取材をしていても、十分に間に合う時間だ。
 名を知られるか知られずかの雑文家であった宇津木は、本格的な執筆活動の依頼ときて大いに乗り気で此れを受諾する。それを聞いた松浦は、英語に堪能な書生を紹介したい、と彼を連れ出した。

 富士宮 便箋斗 政宗(ふじのみや・びんせんと・まさむね)、無論日本人ではない。
 独逸系のハーフである。
 両親は既に亡く頼る者なし、それに西洋人の血を引く異端の仔という出生のため、預けられた先の書生生活ではまアヤッカイ者、ハレモノのような扱いであった。
 今日も陰口、ニクマレ口を叩かれながら仕事を済ましていると、何やら来客が指名していると云う。
 そこで待っていたのはどことなくぬぼうとした外見の、左耳の瑕も生々しい宇津木遊行と松浦正敬であった。
 松浦は富士宮の主人である先生に、この宇津木君は小泉八雲に関する随筆を執筆するにあたり、英語に通じた者を必要としている(小泉八雲の原著は英語である)。そこで、西洋の学育を受けた富士宮君の力を是非借りたい。
 先生からも偏見と迫害を浴びていた富士宮は、それこそ未練もなく、このドウモ頼りなさそうな新たな先生に付いて行くことになった。
 松浦が富士宮を引き抜く料金の相談をしている間に、富士宮はまずは何処に向かいましょうか、と尋ねる。それじゃアまずは八雲の家がある北大久保にでも行こうかねエ、と二人は電車に乗り込んだ。

 その頃、神奈川県警の特別高等警察では新宿で起きている事件に頭を悩まされていた。
 法華経の一派である“死のう団”が幅を利かせているのだ。
 彼らは「死のう」「死のう」と叫び回りながら殉国を促す日蓮会青年団で、この混迷を期す日本においては正に歓迎されざる存在であった。にも関わらず、特高警察の強制捜査は身を結ばずに放免、あまつさえそれを報道機関にスッパ抜かれる大スキャンダルに発展し、捜査にあたっていた本部長も自殺という始末であった。
 斯うして表向き動けなくなった特高警察は、陸奥 楽太郎(むつ らくたろう)に密命を与える。
 この若者、満州人の孤児であるが、神奈川県警本部長が親代わりとなって育てた筋金入りである。本部長は貴様ならば死のう団の実情を暴いてくれようと指名し、陸奥も特高と本部長の名誉にかけてこの件を解決すると誓う。
 サテ先ずは現場を当たらねば、と陸奥もまた電車で新宿へと移動する。

 宇津木、富士宮の二人は新宿で下車する予定であった。八雲邸の北大久保へは、そこから歩かねばならぬ。
 その途中、車内で彼らは奇妙な光景を目撃していた。
 新宿の一帯に、霧のようなものがかかっているのだ。さらに、その霧の中にある新宿は、どうも開発著しい都市とは思えぬ程に、古びた佇まいである。
「ハテ新宿にも未だあのような建物が残っているのかねエ」
 などと宇津木は首を傾げるばかりであった。
 その新宿は、大規模な開発とそれに伴う人口流入で大変にゴッタ返していた。駅前にはホテルや西洋料理店などが立ち並び、その賑わいは新たな日本の都市の誕生を予見させるものである。根強く日本に染み入る不景気も、この若々しい土地では知らずのようだ。目の前に広がる大パノラマに、二人は溜息を禁じ得なかった。そして、同じ頃陸奥もまた新宿に降り立っていた。
 三者の耳に、突然場違いな喧騒が飛び込んできた。見れば向こうから、マント付きの黒装束に身を包んだ、異様な集団が近づいてきていた。彼らは次のような文言の書かれたビラを撒きながら、「死のう、死のう」と口々に叫んでいた。

 我が祖国の為めに、死なう!!!
 我が主義の為めに、死なう!!!
 我が宗教の為めに、死なう!!!
 我が盟主の為めに、死なう!!!
 我が同志の為めに、死なう!!!


 彼らこそが、特高警察を悩ましめる日蓮会青年団“死のう団”である。寒空の下、死神か屍衣かという黒装束を被って、声を枯らして「死のう」と喚くその一団は、確かに亡者の行列と言って差し支えない、どことなく死臭さえも感じさせる様であった。
 呆気にとられて見ている宇津木、富士宮の前で、警官隊が死のう団目掛けて駆け寄ってきた。いくら無罪判決であろうと、このような騒乱を放っておく官憲ではない。たちまち、死のう団の青年たちは慣れた手合いで四散していく。とんだ一悶着を目にしたわけだが、ともかく二人は目的地の八雲邸へと急ぐのであった。
 一方、陸奥は警官の一人をつかまえ、詳しい情報を探らんとする。

 地図を見ながらの八雲邸探訪であったが、これがまた思いの外時間を要した。
 二人の方向感覚だけの問題ではなく、妙に古びて入り組んだ道が多くて、まるで地図通りの立地を拒むような、複雑な街路を作っているのだ。結局、到着までは二、三十分を要してしまった。
 それに八雲邸は一般に開放されているのだが、生憎着いた時には施錠されていた。矢張り辿り着くまでに時間がかかり過ぎたかねエ、と肩を落として帰ろうとする宇津木の眼に、八雲邸を監視する不審な男の姿が目に入る。問い糺してみたところ、近所の者だと名乗るも、その言葉が嘘であると宇津木は察知する。しかし、何故に八雲邸を見張り、また身分を偽る必要があるのだろうか。
 ともかく目的の八雲邸が閉まっていては仕方ない。帰途につこうとしたその時、神田川の方角から、チラチラと小さな灯りの明滅するのが見えた。さながらその煌きは、二月にも関わらずホタルのようであった。

 陸奥は派出所で死のう団の動きに関する動きを耳に挟む。
 彼らの活動の中心地はこの新宿で、わけても大久保が最大の拠点なのだそうだ。その集会所は、奇しくも八雲邸の近所であった。また、近々神田川で大規模な集会が行われる予定らしい。
 もうひとつ、死のう団との関係は見られないが、新宿の主婦の聞き込みの中で、奇怪な話を聞くのであった。
「こんな事を言うのもお恥ずかしいのですが…アノ、私、蛍を見たんですの。おかしいですわよね、二月にもなって蛍なんて、キット見間違いですわ…」
 聞き込みを終えた頃には日が暮れ、夜に事件が起きるのに備え、陸奥は駅前の宿に泊まる。此れも妙なことであるが、洋式の所謂ホテルと云う種類の宿がその日に限って見当たらない。どれも和式の、古式ゆかしい宿ばかりなのだ。

 その晩のこと。此れは後に三者の証言が一致したことであるので、是非書いておかねばならぬ。
 彼らは共通して不可思議な夢を見たのだ
 日本の何処か知れない街、そこを深い霧が覆っている。霧の中は、三十年程前、一九○○年代初頭の日本の姿だった。霧の外は現代の日本であるが、霧に触れると、忽ち建物は古びた、三十年前の姿へと変じてしまう。やがてその霧は日本全体を覆っていき、全土が三十年前の姿となるのであった。

(続く)


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(2000/09)
保阪 正康

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ジャンル : ゲーム

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我がTRPGの為めに、死なう!!!

ちなみに一応「便箋斗政宗」が名前です。レポおつ。

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我がTRPGの為めに、死なう!!! (挨拶)
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