読んだ本#40~島田清次郎 誰にも愛されなかった男~

島田清次郎 誰にも愛されなかった男

 島田清次郎を知ったのは、著者と同じく森田信吾氏の漫画『栄光なき天才たち』であった。



 このシリーズの中でも島田清次郎は一際強烈な印象を与える人物だった。大きな鼻(この外見的特徴は、当時の様子を示す手記などにしばしば表れる)に不敵な口元の笑み、眼鏡の奥から覗く熱っぽくてどこか狂的な視線。傲岸不遜な態度と奇矯な物言いの裏に隠れた、虐げられる人々に涙するコンプレックス。ベストセラー作家となり登りつめた絶頂からスキャンダルで一転地に堕ち、関東大震災で崩落する家屋をバックに頭を抱えて絶叫する。次に登場する時には、血の付着した浴衣を着崩したほぼ半裸の姿で、気味の悪い哄笑を上げながら、路上で寝そべっているのだ。これで記憶に残らん方がおかしいじゃないですか。むしろ読む人にとってこの末路はトラウマもんである。もっとも、このシーン、かなり漫画化に際して盛ったようなのだが。実際は人力車に乗っていたところを警官に止められ、血の付いた浴衣を見咎められたことから精神病院収容に発展したとのこと。
(この人に次いで印象に残るのが映画監督川島雄三。『幕末太陽傳』でセットから飛び出し、現代の町中を走る演出を提言した人。病体を押しながら映画撮影に命を捧げ、「さよならだけが人生でゲス!」(井伏鱒二の「サヨナラダケガ人生ダ」を好んでいた)と舌を出しながら走り去る、夢とも現ともつかぬラストは忘れ得ぬ余韻を残す。あろうことか島田清次郎と同じ刊に収録。やっぱりトラウマンガだ!)
 あの島田清次郎を扱った著書が最近出版された(『本の雑誌』の広告で知った)というなら、それは手に入りやすかろうし読んでみっかなあ、と群れの街シブヤで購入したのだ(ハチ公前にいつもウジャウジャ人が居過ぎてどうにも好きになれない町だが、駅を出てすぐにブックファーストがあるのはエライ!)。
 読んでみてブッ飛んだ
 何にブッ飛んだって、『栄光なき天才たち』の描写、アレでさえ相当マイルドに抑えられていたのだなあ。この島田清次郎という人物、『栄光なき天才たち』が「すごい」なら当時の資料から読み取れる像は「ものすごい」いや「もんのすごい」というレベルである。先輩だろーが年配だろーが相手は全て「○○君」呼ばわり。売り込み文句を鵜呑みにし、自分を「天才」と称して憚らない。いずれ政界入りして日本を動かすことに何の疑問も抱かず、むしろ当然と思い込んでいる逸話まで紹介されている。その割に女性の扱いはてんでダメで、ラブ・レターにはひたっすら自分の偉大さが書き綴られ、実際に交際を始めるとDVざんまい。何だか「自分はこんなもんじゃないんだ、その気になればすごいんだ」と思い込んでいるヒトには痛くて痛くて聞いてられない人物像であるが心配はいらない、比べ物にならないほど痛くて痛くて痛くて痛くて痛いヒトだから。このコミュ障っぷりは自己顕示欲の肥大化したオタクなんぞ裸足で逃げ出せる(もっとも、本書が指摘しているように、それは島田清次郎を「狂人」と断定する証左にはちと及ばない。歪んだ家庭環境と本人も予期しない著作の大ヒットという激変のため、世間的常識を知らず、かつ知る機会がなかった結果だと思われる。無類のケチで、自分を偉く見せたがる割に必ずワリカンを要求したという逸話にもそれが表れている。エラぶるテクを知っているなら気前よく奢って金回りの良さを見せつけるはずだ)。
 著作の内容もすごいどころかもんのすごい。なんせ漫画を読んだのが10年以上前、それも学校の図書館で流し読みしたぐらいでベストセラー『地上』の内容は殆ど覚えちゃいなかったのだが、いやもんのすごいのなんの。だいたいにして伝記や自伝なんてものは「俺スゲー」を誇示するためのようなもんであり、多分に誇張や創作が混じっているから割り引いて考えるべし、というのが持論であったのだが。この自伝的小説『地上』において、島田清次郎は自分の分身である主人公に一切の欠点弱点を許さない。そして彼の身に起きること(イコール現実の島田清次郎に起きたこと)も、すべてが彼を気高く美しく際立たせるために書き換えられている。島田清次郎の気を損ねた人物は作中で酷い目に遭い(曰く“文学的制裁”)、また彼の想い人は妄信的に愛する女性として登場する。男は全部主人公の引き立て役、女は全て無条件に主人公に惚れる。最終的には主人公は日本に、世界に影響を与える大人物に成り上がることまで構想されている。これまた「作者の自己投影」などと批判されているハーレム系俺TUEEEラノベもシャッポを脱いで退散する願望充足小説である。スタージョン先生のオタクの願望充足小説『閉所愛好症』も座りションベンで降参するに違いない。意中の人をモデルにした女性に「わたし達の帝王、王の王なる平一郎(主人公の名)様万歳!」と叫ばせるくだりには、失笑を通り越して頭痛すら覚える。
 それにしても謎に思えたのは、なんでこんな小説がベストセラーになったのか、ということだ。いくらなんでもここまでロコツでゴーマンな発言の絶えない作者の小説がバカ売れするというのはなんか病んだ時代だったのではあるまいか、と疑問であったのだが、支持していたのは若者であり、当時若者たちの受け皿となる小説が存在していなかった、という背景を読んで少し納得した。当時の文壇は権威主義だけでなく高齢化が進んでいて、発表される作品からは文学というのは大人向けのしかつめらしい内容というイメージを持たれていた。そこに若者目線で描かれた『地上』が飛び込んできたのは、彼らにとって初めての「自分のための小説」だったのだろう。
 事実、『地上』のファンレターの熱狂ぶりは、作者と主人公の同一視や崇拝的感情といった、きょうびの染まりやすい若者達と何ら変わらない反応である。アイドル宛のファンレターに踊る「結婚して下さい」「恋人だったらなあ」なんて痛い文面と全ッ然変わらない。この痛さも覚えのある人には悶絶もののいたたまれなさである。きっと年食ってから見せつけられたら舌噛み切りたくなる消したい過去だろう。直後に『地上』の亜流のような作品が続々と現れ、出版社も二匹のドジョウを狙ってシリーズ化を目論んだが鳴かず飛ばずで打ち切りという流れも現代と全然変わってなくて笑えない。
 また、思い通りにいかない現実を作品の中で改竄し、意にそぐわぬ者は貶め、想い人は望むがままに口を開ければ入ってくる、この傾向を、モンモンとした少年~青年期を過ごした人は果たして笑って済ませられるだろうか。一度とて似たような妄想をしたことはない! と正面から目を見て言えるだろうか(オレは言えません)。ただ単に若者目線で書かれたというだけでなく、鬱屈とした若者特有の、自分が特別であるという全能感、それ信じられる最後の世代に共振を生じさせたからこそのベストセラーなんではあるまいか。ヤングアダルト小説の祖、という意見に「うーんなるほど」と頷いてしまったよ。
 島田清次郎の作風と実像、加えて女性の扱いベタを見ると『踊る赤ちゃん人間』の1フレーズ、「思うだけなら王様なのに、見つめていれば恋人なのに」を思い出してしまう。21世紀の歌だというのにこれほど的確に表現した言い回しがあるだろうか。つくづくオーケンは悩める少年少女特有の抑制できない自我を描くのに長けておるなあ。

島田清次郎の稚気とさえ言える裏表のない傍若無人っぷりも「赤ちゃん人間」という喩えにピッタリ。
 とはいえ本書の指摘しているもう一つの点、島田清次郎は文才こそあれど「天才」ではなく「時代の寵児」であったが故に、その「時代」から見放された途端にアッサリ転落の一途を辿ることになるのだが。スキャンダルを起こしてなお才能を買う作家、評論家、熱心なファンは存在していたものの、一時でも社会と世論を敵に回した(有島武郎と波多野秋子の心中が起き、みんなそっちに夢中になって忘れていったらしい。(;´・ω・)……)からには「若き天才作家」のイメージは維持不能、商品価値なしと出版社に見限られ、出版はもちろん原稿依頼も全て絶える。「人気作家」としての命運はここに尽き、以後は『我世に敗れたり』が春秋社から出版された以外は、同人誌に散発的に登場するだけに留まったそうだ。
 一章まるまる使って考察されている、この精神病院内での様子と創作活動は大いに興味をそそられるモノがある。『栄光なき天才たち』でまるで触れられていないのが不思議だ。また確かに精神疾患を臭わせる発言は残されているが、反面落ち着いた様子も記録されている。世間一般が抱くような紙一重タイプの「狂人」ではなく、絶頂からの転落で精神の平衡を失い、具合のいいトキ悪いトキのある「病人」になってしまったと思うべきだろう。余談ながら『栄光なき天才たち』のラストで効果的に使われていた『明るいペシミストの唄』が他者作ではないか、という推論には腰が抜けそうになった

 島田清次郎を追うに欠くべからざるは出版社、マスコミおよび文壇の傲慢さだ。売れている時は散々チヤホヤしておきながら、スキャンダルが起きるや速攻で手を切り知らぬ存ぜぬ関わりなんてありませぬ、最初から彼の暗黒面を見抜いていたとばかりに猛バッシングと清々しいまでの手の平返しを見せてくれる。裁判の形勢が変わると、被害者女性に清純なイメージを抱いていたのは手前の勝手だったのに、今度は女性のプライヴァシーを暴き立てて軽はずみな女性というイメージを植え付け、話題に火を注ぐ変わり身の早さは堂に入っている(この女性、事件後は社会派の劇団にて精力的に活動を続け、第二次大戦後もずぶとく生き抜き、きちんと当時に関するインタビューにも応じている。マスコミと世間が一方的に持っていた「清純」とも「軽はずみ」とも違うタフなお人である)。
 島田清次郎が精神病院に入れられた後からは格好のオモチャとして島田清次郎「クン」(島田清次郎が誰であろうと「○○君」呼ばわりだったのを思うと、悪意のあるなしにせよ大してそのメンタリティのレベルは変わらんなあ)と軽々しく呼び捨て、読者のゲスい関心を煽り立てる無責任さ。それでいて、出版社の方から手を切ったというのに、まだ商品価値があると見て入院中の彼に『地上』の再版を持ちかけるその根性と厚顔無恥、グウの音も出ないほどの畜生とはこういうものか、胸クソが悪いどころかヘドをも催せる。ちなみに新潮社ね、その出版社。
 文壇の陰湿さも似たり寄ったりである。固定観念に凝り固まった当時の文壇に、若者文化である『地上』がベストセラーになったのか、理解できなかった。自分たちの理解できないものが何故売れるのか。その答えが出せない文壇には、島田清次郎を攻撃するだけ攻撃し、後は見ぬふりをするしかなかった。自分が理解できないのに人々を夢中にさせるものには、具体的な反証は挙げられないからとにかく攻撃するだけ攻撃して無視する、これまた現代でもまったく相通じる症例である。自分には楽しめないことを楽しんでいる人にいちいちケチをつけたくなる症候群ってやつな。
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 マスコミにせよ文壇にせよ、この傲慢さは島田清次郎に勝るとも劣らない。しかも組織であり責任の所在の曖昧な体質を考えるとタチの悪さは数段上とさえ言える。今でこそマスコミ、ジャーナリズム批判は火を噴きつつあるが、その罪科を俎上に乗せるどころか、俎板も包丁も批判先に握られていたこの当時は、いかにオウボウなやり口であっても止めようも守りようもなく、かつ自浄作用も働きようがなかったんだろう。文壇が『地上』の通俗性を非難しながら、『地上』を題材に真っ向から論じようとしなかったことを批判した佐藤春夫、スキャンダル報道が過熱する中で「新聞が悪い」と、読者の好奇心を満たすがために情報の吟味を怠ったマスコミの軽挙妄動をばっさり切り捨てた広津和郎の弁はそんな時代において慧眼の極み

 島田清次郎は忘れられた作家であり、また忘れたい、なかったことにしたい作家であるという。それは出版界・マスコミ・文壇・読者、島田清次郎とその著作に関わった人すべての総意であろう。数々の問題発言と女性関係でトラブルを巻き起こした作家の作品で大儲けし、実像とはかけ離れた作中の虚像を真実と思い込み熱狂しちゃっていた、バカ売れの実績はさておいてなかったことにしたいのは大いに頷ける。著者が島田清次郎を“中二病のカリスマ”と評していたのに付け加えさせてもらえば、“黒歴史”ってスラングを添えたい。『誰にも愛されなかった男』が副題であるが、愛されなかったどころか島田清次郎に関わった人間誰一人幸福になってない所はスゴイ。そりゃ送り手も読者もひっくるめて黒歴史化である。強いて言うなら出版界とマスコミは儲けてウハウハだったであろうが、後年こうしてその体質批判のこの上ない材料として醜聞を穿り返されてるんだから、つくづく悪いことはできないもんだ。
 こんだけ強烈な前例にも懲りず、現代に至ってなおマスコミの特権的意識や大衆の浮かれる体質がまったく改まらず、しかもマスコミバッシングが可能になった情報発信手段の多様化によって、第二第三の島田清次郎現象と、市井の人々に眠る自己愛と攻撃性に満ちた島田清次郎的気質がより一層露わになっているのには、何だかやりきれない。結局わしらなーんにも反省しとらんのな。島田清次郎の場合、悪目立ちする部分があまりにもインパクト絶大だったから伝説になってるだけで、このような無責任なブームを作りたがる連中と、無責任に踊る連中がいる限り、小粒であろうと世間の目に留まらなかろうとこの連鎖が終わることはあるまい。
 しかしこの個性的にも過ぎるキャラクターを闇に屠るなんぞあまりにもったいない。新たに伝記なり漫画なりにして島田清次郎をもっと語ってもいいのではないか、と部外者の筆者は無責任に思ってしまう。友達にしたくもないし近くにいてほしくもないが、インパクトのある人物なのは事実だったように、界隈にとっちゃ忘れたい存在にしたくとも、よそもんからすれば実に面白そうな題材だかんね。
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