読んだ本#39~ジャック・リッチーのあの手この手~

 あの手この手、のタイトルにふさわしく、大小いやさ小微小の短編が詰め込まれている。一篇一篇は短くとも、こんだけ詰め込まれていると記録をつけるのになかなか骨が折れる。本書だけでもこんだけ量があるというのに、ジャック=リッチー先生が生涯ウィスコンシン州をほとんど出なかった、という解説には仰天した。一州に留まっていながら、あれほどにヴァラエティに飛んだ話を書けるものなのか。

 ジャック・リッチーのあの手この手

儲けは山分け
 殺人の報酬を受け取りに行ったのだが、標的レイゼンウェルの死亡を告げるニュースはどこにもない。画商を装ってレイゼンウェル宅へ確認に向かったところ、執事の指示のもとで熱心に家具を移動させている。しかも絵画の売却に関しても執事が仕切っているのを見て、俺は確信した。執事はレイゼンウェルの死に乗じて、おさらばする前に現金をかき集めていると。
 ところが執事は何も知らなかった。本当に、レイゼンウェルが死んだのを知らなかったのだ。
・冷血なヒットマンの理路整然とした推理……と思いきや、とんだ行き違いが起こした勘違い。ハードボイルドな外面とは裏腹なオトボケ加減が楽しい。

寝た子を起こすな
 市長の息子を逮捕したかどで、わたしは未解決のまま眠っている事件を掘り起こすことを命じられる。手に取った殺人事件のファイルには、アイリーン=ブラノン夫人の事件が納められていた。
 当時夫人は実業家のコリング氏と密会を重ねていたという証言があった。また事件のあった日、夫のデニスは弟のアルバートとアパートでローストビーフの夕食後チェスに興じていたそうだが、わたしはこれに思い当たるところがあった。カトリック教徒のデニスが、金曜日に肉を食べるはずがない
 しかし、アルバートが第二次大戦で勇敢に死に、英雄となった今では、その発見も寝かしておくしかないようだ
・この弟に『お別れの背景』を聞かせてやりたい。誰か英雄の手柄を讃えているのさ、皆彼を知らないんだ、昔人を殺しているのさ

ABC連続殺人事件
 三件の連続殺人事件の犠牲者には、すべて額にアルファベットが書かれていた。一人目はA、二人目はB、三人目はC。Aは乞食、Bは年金暮らし、Cは資産家。金持ち、貧乏人、物乞い、泥棒、医者、弁護士、インディアンの酋長の童謡の通りだ。
 しかし、幾つかの点で疑問点は残る。まずこの殺人がA、B、Cの順に行われたとは限らない。それに、童謡の順番に従えばAは金持ちでなければならないはずだ。ひとつの殺人を隠蔽するのに、他の殺人とないまぜにすることほど有効な手段はない。もっともな動機を考えれば本命はCの資産家殺しであり、A、Bは猟奇的な連続殺人犯に見せかけるための擬装だ。
 そこで我々はひとつ罠を張った。あの童謡の推察を耳にしたならば、次の標的を泥棒にすれば擬装はますます強固となる。しかし泥棒は簡単に見つかるものではない。ならば、こちらで用意してやるまでだ。つい最近釈放されたばかりの泥棒をでっちあげ、その住所として自分のそれを記載しておくのだ。
 果たして、わたしの家に訪れたのは……。
・ターンバックル部長刑事&ラルフシリーズの一本。深読みは深読みを呼ぶが、それはちょっとズレた推理に辿り着く。結果オーライではあるものの、どこか食い足りなさそうなラストがこのコンビのお約束ですな。

もう一つのメッセージ
 自動車が故障したわたしとラルフを、アンドレア=ホイットコムは修理工場の者が来るまでの間、自分の屋敷に案内してくれた。そこで彼女の父が謎めいたメッセージを残して殺されたことを知る。彼は息絶える前にアルファベットを全て床板に刻み、ピリオドまで打ってこと切れたのだ。それほどの気力がありながら、なぜ犯人の名前を刻まなかったのか?
 わたしにはそのメッセージが理解できた。父君は襲われている最中、自身の死体の第一発見者が殺人犯人であろうと察したのだ。であるならば、犯人の名を記しても何らかの手段で消されてしまう。アルファベット全てならば、それが脅威となる理由はまったく見当たらない。ピリオドを打ったのも、これで全て伝えるべきことは伝えたという顕れだ。
 わたしの推理自体は当たっていたが、第一発見者のアンドレアが犯人ではなかった。そして、父君を殺したアンドレアの夫も、その夫を始末したかつての想い人も、皆彼女を置いて先立ってしまっていた。
・父ちゃんダイイングメッセージを残すならもうちょっとワカりやすくないと。Gロボの幻夜みたいになっちゃうよ。そこから読み解くターンバックル部長刑事の推察力は大したもんだが、やっぱりちょっと外れているんですねえ。しかもこの外し方、今回はかなり物悲しい。

学問の道
 百年近く前にヘンリー=マクスターソンが死んだ際、遺言によってマクスターソンの名を持つ者ただ一人を大学に行かせるための信託基金(五十万ドル!)が設立された。それを巡って、わたしとロニーは小競り合いを繰り返していた。わたしは五十七歳、戦後大学に入り、基金の解消を目前にしている。ここでロニーに道を譲るわけにはいかない。
 ロニーは教授と組んで様々な手段でわたしを追い落とそうとし、命まで奪おうとするが、わたしは辛くも潜り抜けてきた。しかし、ついにロニーはわたしの触れてはならない秘密に気付いてしまう。気付くとロニーをわたしは湖に突き落としていた。が、見殺しにすることもできず、結局助けていた。
 ロニーの言葉でわたしは気付く、本当に必要なのは五十万ドルではなく、ずっと大学にいて死ぬまで勉強を続けることなのだ。
・死ぬまで学業を続けられたら……同意できてしまう人は多いかも。しかしロニーも危険なガキだ。見捨てられて水死しても文句言えんぞ。

マッコイ一等兵の南北戦争
 ターナー大尉の南軍嫌いは筋金入りだった。灰色を見ると、赤白青の反対の色だから、猛烈に腹を立てるのだ。“忠誠の誓い”を懲罰に使ったことから、マッコイ一等兵の大尉への反逆が始まった。マッコイは上院議員から下院議員へ、次から次へと手紙を送り始めたのだ。最初は歯牙にもかけなかった大尉も、次第に大事になるのではないか、と危惧を強めていく。ついにマッコイは大尉の前に呼び出されたが、彼の口本人から出た内容は、どうってことがなかった……。
・憎まれっ子世に憚る。こういう奴が他人を出し抜いて出世していくんでしょうねえ。でも魑魅魍魎の政界なら、このくらいじゃないと生きていけねっか。

リヒテンシュタインの盗塁王
 ラドウィックは長打こそ縁が無かったが、素晴らしい盗塁の才能を持っていた。彼にはピッチャーの目を盗む、本能的な能力が備わっているのだ。ラドウィックの加入でぼくらのベースボール・チームは破竹の勢いで勝ち星を重ねていった。しかし、彼の打撃がお粗末であることを知ると、敵チームは前進守備を取り始め、決して外野に飛ばせないラドウィックは塁に出ることがなくなってしまった。ラドウィックはピンチランナーへの後退を申し出るが、監督はシーズンいっぱいまでレギュラーで使うつもりだった。
 迎えた最終戦、ラドウィックは九回の打席で、相手の投手の疲れもあって、四球で塁に出た。次はぼくの打順だ。見事にラドウィックは投手を幻惑し、二塁に進む。そしてぼくはバントで一塁へ出た。ついに豪速球だけが武器の隠し玉を敵も起用する。ひとり、ふたりと三振に倒れ、次の打席。ラドウィックはホームスチールの隙をまったく見出せない。一方、ぼくには二塁へ盗塁する目があった。バッターの三振は目に見えている。ここでぼくが盗塁してみんなを驚かせたからといって、失うものがあるだろうか?
 動き出したはいいが、ぼくのリードは大き過ぎた。たちまち一塁に牽制球が飛び、ぼくは二塁へ進むしかない。しかし、二塁にはすぐさまファーストの送球が届いている。ぼくはその間で足を止めた。その時だった、ラドウィックがホームに突進していることを知ったのは。慌ててセカンドはホームに返球したが、既に遅かった。
 ぼくの盗塁が無意味だったことは、誰の目にも、ぼくの目にも明らかだった。だが、ラドウィックだけは肩を持ってくれた。その礼に、ぼくは店で一番大きな盛り付けのホット・サンデー・ファッジをおごったのだった。
・時々目にする野球小説、これがまた不思議なことに例外なく面白い。キング先生の『ヘッド・ダウン』もぐいぐい読み進めてしまったっけな。

下ですか?
 飛び降り自殺を企てている男に、胃の悪いモーガン部長刑事は懇々と説得を試みる。話せば話すほど、男よりも苦境にモーガン部長刑事の人生はあるのだ。その手口にうんざりした男は、こう切り返す。そんなにみじめな男なら、あんたこそこの狭い縁から一歩踏み出し、一思いに飛んでしまわないんだ?
 モーガン部長刑事は、宙に向かって足を踏み出してしまった。その瞬間、男の何かが替わった。モーガン部長刑事の何かも変わった。男は30セントを取り出し、モーガン部長刑事に会ったら胃薬を一包み差し上げてほしい、と伝えた。
・自分を正当化する不幸自慢はウンザリする展開ではあるけれど、それが二人合わさって化学反応を起こして救われちゃうのがリッチー先生の手腕。お見事。

隠しカメラは知っていた
 ミス・ダンカンの提供した隠しカメラの映像には、銀行強盗の一部始終が記録されていた。支店長のブラマーの不在にかこつけて、二人組の男が押し入り、現金を持ち去ったのだ。銀行に隠しカメラが仕込まれていることは、この小さな町では住民全員が知っている。とすれば、これは外部の人間の犯行だろうか?
 フィルムを警察に届けるため走行中、青いセダンのスピード違反をわたしは目撃する。交通課の人間ではないが、警官としてそれを見過ごすわけにはいかない。ところが青いセダンの男は駐車せず、まるで誘い込むように人気のない場所へ入っていく。そして、あろうことか拳銃を取り出したのだ。私は間一髪先んじて逆に男を射殺する。その男は、銀行強盗のあった町に住む強盗容疑のあった人物であることを、スペンサー巡査部長から聞くことになった。
 彼の狙いがフィルムであることを察したわたしは、繰り返し繰り返しフィルムを見た。そして、奇妙な点を発見する。営業開始から1時間半を経過しているのに、預金伝票や払出伝票は綺麗に揃い、灰皿も空っぽ。車も人も通りかからず、しかも事件当日には雪が降ってぬかるんでいたのに、床は汚れていなかった
 導き出される結論はひとつ。この映像は、人気のない時を狙って撮影された、ミス・ダンカンとブラマーの自作自演だ。そして同様に人気のない時、映像を再現できる時を狙って、ブラマーはアリバイを作り、ミス・ダンカンは自分で拘束された状態になった。撮影に協力したのはあの強盗容疑者だ。
 推理を聞いたブラマーは、買収を試みてきた。わたしはそいつを蹴りつけたが、フィルムは根回しされていたスペンサーによって始末されていた。スペンサーは一度も見せたことが無い笑顔をミス・ダンカンとブラマーに向けたが、わたしがフィルムのコピーも取らずにいるほど迂闊と思い込んでいたのか? 今度は、わたしが笑う番だ。
・スペンサー浅はか過ぎ。読者だってコピーぐらい取ってるでしょとワカるわい。それはそれとして仕込みと看破のせめぎ合いは読み応え有り。

味を隠せ
 ノラは夫に暗褐色の液体を加えたグラスを差し出した。保険が成立したばかりの夫は警戒し、決して口につけようとしない。ノラにせまられ、やっとのことで薬を飲んだ二時間後、刑事たちが訪れた。次々に妻を毒殺してきたハロルドを連行しに来たのだ
 ノラはため息をついた。どうやら、最悪の災難に見舞われたようね。
たった数ページでこのブラックな急転直下。リッチー先生のお手本のような一作です。たまらん。

ジェミニ74号でのチェス・ゲーム
 わたしとオルロフは人工衛星の軌道上における、人類最初のチェス・プレイヤーだった。わたしの背後にはアメリカ、オルロフの背後にはロシアが控え、さながら国の威信をかけた戦いのように口を挟んでくる。何気ないメッセージを装って、指し手を次々と命じてくるのだ。うんざりしたわたしは、通信スイッチを切った。
 7ゲーム目でわたしは、人工衛星の軌道上のチェス・ゲームで勝利をおさめた人類最初の男になった。そしてオルロフは人工衛星の軌道上のチェス・ゲームで勝利をおさめた人類最初の女性だ。
・最後のオチはブラウン先生とかぶるそうだが、なかなか洒落た言い回し。嫌いじゃないです。

金の卵
 ブラッドベリー探偵社から、マクレガー運送の主の血縁者、姪と孫の捜索依頼が入った。法人探偵社ということで信頼を置いたようだが、生憎ブラッドベリー探偵社の従業員はわたし一人。架空の従業員と諸経費の明細をたっぷりでっち上げて、報酬を釣り上げるつもりだった。ところが、探すべき人々は既に他界していた。それだけではない。エージェントのジェイムスン氏までもが、わたしに依頼したという証拠すら残さず亡くなってしまったのだ
 困り果てたわたしは、捜索の過程で入手した彼らの遺品を前に、一計を案じる。ブラッドベリー探偵社が実際にマクレガーの孫を発見し、大おじと引き合わせたらどうなるだろう?
・確定申告する自営業ならば、せっせと架空の従業員と明細をでっち上げるブラッドリー氏の手口を笑えないんじゃないかなぁ。

子供のお手柄
 ヘンリー=ウィルソン、ジョージ=クリントン、ウィリアム=A=ウィーラー、チャーリー=フェアバンクス、リチャード=M=ジョンソンが次々と殺された。使用されたリボルヴァーはすべて同じ。警察署に届いた挑発の手紙の通りに殺されていった。
 連続殺人の関連性を見出せず、我々は焦燥を募らせていたが、同僚の指摘により、殺人狂の仕業に見せかけたいだけの擬装であることを看破する。そして、決め手になったのは彼の息子の一言。すべて合衆国副大統領をつとめた人名だ
 張り込みの結果、大富豪ウィリアム=A=キング氏の甥が逮捕された。感謝すべき子供のファーストネームはラザフォード、ラザフォード=B=ヘイズ、第十九代大統領と同じ名前だ。
・推理小説というよりは言葉遊びですな。犯人逮捕の場面すっげえアッサリだし。

ビッグ・トニーの三人娘
 ビッグ・トニーの三人の娘は結婚適齢期だ。しかし嫁に行かせるならなるたけ家柄の良い家系に継がせたい。かといって、ビッグ・トニーにそんな家柄とのコネもない。また、心底愛し合っている仲でも障害がある。それを解消するためにオブライエンは呼び出された。
 アンジェリーナとハービーは、父親が開拓精神あふれる女を求めている。ファウスティーナとモーリーは、結婚すると祖母から千五百万ドルを貰えなくなる。セシーリアとコートランドは未だ不明だが、何らかの問題は生じているらしい。
 ハービーの件では、父親の製薬会社の問題をつついて丸く収めた。モーリーの祖母には、夫の伝記について不利な点を見逃すという条件で手を打った。最後のコートランドは倉庫を焼かせて保険金をせしめる計画を提示された上、別にセシーリアは結婚したいとも思っていなかった。実は全てはオブライエンとセシーリアを引き合わせるためだったのだ。それがちょっと上手く転がり過ぎた
・筋さえ通れば金次第で何でもやってのける命知らず……かどうかは知らない、このオブライエン氏、一体何者?

ポンコツから愛をこめて
 娘はホールディングの1924年型アプロクシメットに目を奪われていた。ガソリン1ガロンで27マイル走るそいつに興味がありそうながら、実に失礼な態度を取ったのだ。憤慨して出かけた海で、ホールディングは桟橋から足を踏み外し、頭を打って脳震盪を起こす。そいつを助けたのも、あの娘だった。
 アプロクシメットを置いて離れるのを良しとしないホールディングは、娘の自動車を置いておき、アプロクシメットで最寄りの医者まで送ってもらうことになる。もっとも最寄りの医者とはホールディング自身、そして道中のサインで急患が出たので自宅に帰るだけなのだが。からかわれたと思った娘、スミスは立ち去ってしまう。
 今から自動車を走らせれば十分スミスには追い付くはずが、急患から急患続きで、たっぷりホールディングは足止めを喰らってしまう。ようやく会えたのは警察、スミスの自動車が泥棒防止のため警察が保護し、その身元保証人になってほしいというのだ。個人切手でしか支払えず、そのために身元保証人を必要としているスミスのために、ホールディングはアプロクシメットを差し出す。アプロクシメットのために、とスミスは一週間この街に滞在することになったが、きっと彼女はこれからずっとこの街、ホールディング医院に勤めることになるだろう
・次から次へと障害がやってくるのはロマンスの常套手段であるが、それにしても詰め込み過ぎでホールディング先生てんてこ舞い。スミスと引き合わせたのが警察に対する身元保証人というのもユーモアたっぷり。

殺人境界線
 おれの処刑のために、田舎道の路上に自動車は止まった。そこはイリノイとウィスコンシン州の境。イリノイでは死刑は電気椅子、ウィスコンシンに死刑制度はない。ビッグ・ジョーは電気椅子を考えるだけでブルッてしまう体質、殺すならウィスコンシンまで運ぼうという。一方ライリーはウィスコンシンで殺せば共犯者、一生ブタ箱の中で暮らすより電気椅子の方がマシだと考えている。
 イリノイで殺すか、ウィスコンシンで殺すか。平行線の議論に、おれは新たな一石を投じる。どっちで殺しても問題になるなら、殺さなければいいじゃないか? 今際の頼みで出した手紙で、この自動車のナンバーが控えてある。おれを殺せば、そのメッセージに気付いた者が、電気椅子にせよブタ箱にせよお前らをそこに送り込むだろう。
 合意を取れたと思ったところで、ビッグ・ジョーがふと思いついた。ネヴァダなら死刑はガス室送りだ。それなら楽なもんだ
 おれは誰にも追い付けないスピードで駆け出した。
・正直言ってビッグ・ジョーとライリーの口論は無茶苦茶な理論であるが、州境と州法を結びつける発想は実に秀逸。

最初の客
 店番をしている私に、拳銃を持った男が現れた。私は何食わぬ顔で来客をあしらいながらも、男にレジの中身の紙幣を手渡す。奴が去った後で、私は店を閉め、裏手の小部屋で仕事着を脱ぎ、強心剤を飲み、本物の店主の側に足を運ぶ。さて、金庫の錠前を開ける組み合わせ番号を吐いてもらうまで待つとしようか……。
・ザ・叙述トリック(超人強度32万パワー)。目新しい手法ではなくともスルリと読ませる筆致は業師ってやつのなせる技巧やね。

仇討ち
 形見のウィンチェスター・カービン銃をひそかに取り出し、わたしはジム=ベイリーを仕留めるチャンスを待った。エド=ホヴァーの他に、今この場にいるのはわたししかいない。背後を向けている絶好のチャンスではあったが、振り向くまで待ちたかった。背中から撃つという不名誉な仇討ちはしたくない。兄のビルは奴に殺された。そして生きる希望を失った父を見てから、この日を待ち続けてきたのだ。
 奴は挑発には決して乗らなかった。理想は一対一、抜かざるを得ない状況で向き合うことだ。しかし、エド=ホヴァーがいるようでは、法に守られるベイリーを始末し無事でいるためには、人が証言できないように闇にまぎれて撃つしかない。
 結局、機を逸したわたしはもう奴を殺すことはできないと悟った。だが、ベイリーは殺された。同行していたエドにだ。わたしは今見たことを思うと、身体中ががくがく震えた。わたしに人は殺せない。ドレスに着替え、娘に戻って家事を切り盛りしよう。
・ザ・叙述トリックその2。だがメインテーマはシビアで冷徹な死生観かな。

保安官が歩いた日
 でっぷり太った、左の耳たぶに傷のあるジョーイ=リーの生きている姿が最後に見かけられたのは、一週間前だった。ステイシーヴィルは男と犬には天国だけれど、女と馬には地獄という陸の孤島だ。ジョーイ=リーは夜中に保安官と刑務所のすぐ裏で言い争いをしてから、姿を見せていない。
 その翌日のことだ。保安官は酔客を徒歩で独房に放り込んだ。さらにその翌日、保安官は自動車を洗っていた。タイヤには泥がついていた。ここ二週間、雨はまったく降っていないのに。しかも保安官は、自動車は修理に出していたなんてウソをついている。もしも恐ろしい考えが事実であるのなら、保安官は湖に死体を捨てたのかもしれない……。
 ところが、ジョーイはステイシーヴィルを離れたカンバーデイルで発見された。彼女は退屈に耐えかねて、めったに使われないパトカーを借りてモントゴメリーで買い物をしていたのだ。それを責められ、夫婦喧嘩になり、ジョーイは父の家に駆けこんだのだった。
・背後で殺人が動いているかもしれない、という不穏な予想の割には、何となく全体的に間が抜けた空気感が漂う。『儲けは山分け』がハードボイルドに隠されたオトボケなら、こっちはオトボケに振り切った塩梅か。オチの持っていき方もあざやか。

猿男
 ブルート(けだもの)、おれはその名にふさわしい容貌と戦いぶりの男だった。人々は彼を恐れ、忌避し、嘲笑う。図書館員も、おれの姿に驚きを隠さない。その晩の試合で、おれは対戦相手のバーロウを憎悪のもとに殴り倒した。奴はこう言っているようだった。立てよ、猿男。観衆はこう言っているようだった。八つ裂きにされるんだ、猿男。おれが倒したのはバーロウだけではない。世界中の人間だ。
 試合後、おれはボクシングから手を引くことを決意する。プロモーターから離れる直前に手渡された郵便には、図書貸し出しカードが入っていた。彼女は、おれを男として見てくれたのだ……。
・迫真の試合描写は、流石に元アマチュア・ボクサー。猿男の暴力性への嘆きと悲しみ、そして図書館員の善意が身に沁みる。

三つめの願いごと
 市営公園の皮で溺れていたのは、五百年前から「三つの願いごと」をかなえる提案をしていた小男だった。彼は確かに願いごとをかなえてくれるが、何かとペテンにかけて願いを消費しようと試みてくる。あっという間に二つの願いを消費してしまった私は、願いをかなえる際の決まり事をがっちりと約束したが、最後の願いを告げるつもりはない。
 この小男と一緒に生活することで、私は良き友という人生に欠けていたものを手に入れてしまったのだ。
・『GS美神』でもあった、小ずるい三つの願い話。定番ではあるけどイイ話やね。

フレディー
 わたしのビール・アレルギーは、不思議なことにホテルに入ると顔を見せなかった。十二年間住んでいた男を失った部屋に泊まったわたしは、なんだか町に帰る気が起きなかった。
 宿泊中、筋向いの家の二階から、突然メッセージが送られてきた。フレディーと名付けてやったその地球外生命体は、エネルギー補給のための人間たちを必要としていた。先住者を亡くしたフレディーは、その代わりにわたしを必要としているのだ。
 フレディーの力が及ぶのは、半径約1マイル。町の外に出る橋を渡ることが出来れば、その影響から逃れられる。彼に協力している間は神経痛やビール・アレルギーからは逃れられるのだが。脱走計画がことごとく失敗していたある日、わたしの神経痛が戻っていた。自転車に飛び乗ったわたしは、見事に橋の外に出ていた。フレディーには規則的な睡眠という習慣を持たないが、時々先祖がえりを起こして、十五分ばかりうとうとしてしまうことがあったのだ
 こうしてわたしは自由になったが、なんだかんだで、フレディーだってさみしいのかもしれない。
・なんともユーモラスで心の温まる、地球外生命体とのコンタクト。結末は『三つの願いごと』に似てるが、こっちは地球外生命体を題材に、ぐっと捻った展開になっている。

ダヴェンポート
 ブレナー夫人の夫は、ダヴェンポート(ソファベッドの一種)の上で眠ってしまったまま、家の中から姿を消していた。外は凍るほどの寒さだというのに、トップコートと帽子にも手を付けず。ホイッティア部長刑事は、話を聞きながら欠伸をかみ殺す自分に気が付いていた。さっきまで眠気などなかったのに。それにしても、このダヴェンポートは寝心地がよさそうだ……。
・ディック先生の『植民地』っぽい話。うーん、ずいぶんアッサリしたオチだが、これが大トリでいいのかしら。

 数が多く、ページ数も少ないだけに、クオリティは玉石混交と言った感じ。しかし時折ヅバーンとハマってくる快作の面白さは段違いだ。ここはリッチー先生の面目躍如。『10ドルだって大金だ』をまた読み直そうかしら。
 見所は『殺人境界線』。理論はムチャクチャだけれど、この奇想はアメリカ在住で、かつ短編小説名手であるリッチー先生にしか書けない話であろう。
 ベスト3は
3位:リヒテンシュタインの盗塁王
2位:儲けは山分け
1位:味を隠せ
 入り切らなかったが、『猿男』は迫力のボクシングシーンと泣ける人情話の好短編。『下ですか?』も生きることに悩んでいる人に読んでほしい。
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