読んだ本#37~物しか書けなかった物書き~

 河出書房新社から出ているKAWADE MYSTERYを図書館でちょくちょく借りてきている。小品の傑作・佳作が多数収録されていて、小気味良く読み進められる。その代わりただでさえ物忘れのひどい筆者のこと、悲しいことにばんばん忘れていってしまう。今回は珍しく時間に余裕をもって読み終えられたので、備忘録として記しておく。
 作者はミステリ・マガジンの常連でありながら、現在行方は杳として知れないという経歴通り、なかなか人を食った作品群である。

 物しか書けなかった物書き

おきまりの捜査
 クランプ巡査は昨夜急死したと報のあった男を前にして、すっかり混乱していた。緑色のパジャマを着ているそいつは、どう見ても骸骨だった。夫人も姪もそれを当たり前のように会話している。かつがれているか、もしくはこの二人は頭がおかしいに違いない――家を出ようとしたクランプの耳に、背後でくぐもった咳が聞こえた。夫人と姪が叫ぶのが聞こえる、「あなた!」「ロイドおじさん!」と……。
・出だしの一発目がこれとはなかなかいい根性してる。これはミステリ? ホラー? 名刺代わりの称号が偽りないアバンギャルド小説。

階段はこわい
 ヘンリー=ラケットは地下室の階段を転げ落ちて死んだことを、穏やかな笑みを浮かべて警察に通報した。彼の愛した四人の女は、すべて四度の変死を迎えている。ラケットは自分を六人の妻を娶ったヘンリー八世と重ね合わせていた。チェンバーズ警部補は、彼が誇大妄想の精神異常者と踏んで身辺を探る。
 ところが、今度の通報は、五度目の結婚相手キャサリンだった。ラケットは死んだのだ。地下室の階段から落ちて……。
・勘違いした快楽殺人者に一泡吹かせてザマミロ&スカッとサワヤカな話かと思いきや。階段はこわいっつーかこの男女がこええよ

そこは空気も澄んで
 アルコール中毒者のアルに従えられて、ベンはミスター・コストに引き合わされた。七つの時に親父を喪ったベンはおじのアルのおかげで生きてきた。アルはベンという望みがあったから生きられたという。ベンは、そんなおじに組織の中で出世し、恩を返す時だと思っていた。ミスター・コストはその組織のボスなのだ。
 ミスター・コストはベンに組織の一員としてのありようを諭す。命令は絶対、どんな内容でも遂行しなくてはならない。それも銃ではなく、どこにでもある疑われることのないやり方で。狐の狡猾さがあれば、それが何を意味するかはわかるはずだ
 ベンはミスター・コストに背を向けてた。ベンの親父は、虎だったとミスター・コストは言った。ベンもアルと同じように、キツネではなかった。
 虎は老いぼれの下っ端をたたえるもんなんだ。おれたちは、おれたちのやり方で、たたえるのさ。
 タクシーの中で、ベンは顔を覆って泣いた。
・具体的な言葉は何一つ出てこないままに緊迫した空気は流れ、そして終わりを告げる。読者としてもはっきりとしたことは言えないのだが、いいぞ、この葛藤と決断と切ない幕切れは。なんだか『誰を怨めばいいのでございましょうか』の名文句、上を向いたら終わっていました、下を向いたら始まっていました、を思い出してしまった。

物しか書けなかった物書き
 かつてはハリウッドで稼ぎ過ぎと言われたほど働いたシナリオライターのバート=ディーは、今や半アルコール依存症の生活困窮者で、妻と自分を養うためにあくせく執筆する日々だった。そんなある日、何か天啓を受けているような気分で書いた馬が、地下室で実体化したのだ!
 それからバートは妻の望むままに高額な品物を次々と実体化させ、彼らの生活は向上していく。だが、妻との関係はそれと反比例して冷え切っていった。妻にとって、自分はただの金を生む機械に過ぎない。バートは妻に手を下す。後は、彼女の不在をでっちあげる手紙を用意すれば疑われることはないだろう……だが、そこでまた天啓を受けているような感じがして……
・酷い話なんだけどオチはオッシャレー。いい仕事してますねぇ~。書いた物を実体化させることはできても、触れることのできないものは不可、というルールづけがスタンド能力っぽい。ジョジョ自体もこういうミステリのルール付けに影響されてるでしょうしね。

拳銃つかい
 刑務所を出たアーニーは、いとこのホッグフェイス(豚つら)、本名レズ――昔は目玉の飛び出した肥満児、今では大物――から、殺人の仕事を承った。アーニーは腕利きの拳銃つかい(ビストローラー)だった。今度もレズをホッグフェイス呼ばわりして怒りを買いながらも、アーニーはいつもの手口で殺人を済ませようとする。が、今度の犠牲者はアーニー自身だった。標的は自分を上回る早撃ちの名手だった……。
・拳銃の名人を襲った「まさか」の運命の逆転。この急転直下な展開はお見事であるが、ラストにつながる真相のショボさがまた皮肉が利いている。金さえあればシカゴは最高の町だ。すかんぴんなら最低。このフレーズもいかしてる。

支払期日が過ぎて
 ドーニィはジャック=モアマンにローンの支払不履行に関する通告のため、彼の自宅を訪れる。無言の威嚇として、ヘクターを連れて。ところが、モアマン氏の凄まじいおしゃべりは話をこんがらがらせ、ついには警察を引っ張り出す夫人殺害容疑にまで発展してしまう。全ては彼一流のジョーク、全力のゲームなのだ。
・とんでもないお騒がせ屋のジャック=モアマン氏シリーズその1。極限まで伸ばした【魅力】に技能ポイントすべてを突っ込んだ〈はったり〉ってこんな感じなのだろうか。交渉系の技能ってホント使う人によっては凶器よね。

家の中の馬
 細君の誕生日プレゼントの買い物に出かけたモアマン氏は、その日六枚もの駐車違反カードを切られてしまう。彼女への贈り物、木彫りの馬を前にしながら、モアマン氏は考えていた。ひとつ、彼らに復讐してやろうじゃないか。
 電話に出たエルスプリンガー巡査に、モアマン氏こう告げる。目の前に馬がいる。そして、エルスプリンガー巡査は、跳ね回る足音を嘶きをその耳で確かに聞いた。
・ジャック=モアマン氏シリーズその2。モアマン氏我流にして一流の詐術的トークが警察相手に唸る唸る。お巡りさんにハラが立ったからってマネしちゃダメよ。

いやしい街を……
 カーマックが新作に取り掛かるのに応じて、おれもオフィスへ顔を出す。度重なる難事件とアクシデントで、すっかりおれの服装は薄汚れてしまった。この〈いやしい街〉でまた、カーマックのアルコールに冒された頭が紡ぐ、俗悪芝居が始まるのだろう……だが、その日出会った女性の瞳に宿っている現実味は、とても創作の産物とは思えなかった。
 作者の意図から外れて勝手なふるまいをする二人に、カーマックは怒り狂う。そして、ついにおれを主人公の座から引き下ろし、私立探偵を隠れ蓑にするロシアのスパイ組織のリーダーとしての最期を用意しようとしていた。だが、おれはカーマックの記憶から消えても、彼女の記憶に残る。彼女もまた物語の登場人物であるが、カーマックの創造物ではない。他人の物語からの借り物なのだ
・三文作家が創り出した主人公の苦悩を描く、メタ構造の話。『名探偵コナン』の飽きるほどにツッこまれる麻酔針だって、コナン本人も「またこれかよ……」と思っていないとは限らない。この手のやれやれ話は陳腐なほど繰り返されているが、「他人の物語からの借り物なら作者の意のままにはならない」という着想は目新しいな。

ハリウッド万歳
 鬼才・ボラ=ペリキュラル監督作の主演を前にして、ランディの夢は監督自身の気まぐれによって霧消してしまった。エージェントに次の仕事を振られるついでに飲んだくれてやろうと酒場に出たランディは、そこでとびきりの美女と出会う。
 エージェントとの打ち合わせをすっぽかし、ランディは美女とのひと時に夢中になる。ところがオーハイに向かうドライブ途中、彼らの自動車は狙撃に遭った! さらに彼女の家で、七フィートを超えるマダガスカル人の巨漢、獰猛な黒犬に襲われ、自動車も爆発してしまう。この大騒動の真相や如何に。
筋書きのないドラマこそ最高のドラマ! とか無能なシナリオライターの常套句である(いるよねこういうGM)が、う~ん確かにこの映画売れない気がする。一番成功したのが巨漢と黒犬という扱いがやさぐれた雰囲気に合っててヨイ。

墓場から出て
 長い時間を経て、おれは棺桶から蘇った。かつては名の知れた映画俳優だったこのおれも、墓穴の中ですっかり肉の落ちた今では完全なしゃれこうべだ。目覚めたおれを出迎えた二人は、衣服を用意してくれ、臨機応変にやれよ、と激励する。
 おれの希望はポーカーだった。生前はハリウッド一のアマチュア・ギャンブラーとしてお偉方を叩きのめし、ずいぶん儲けたものだ。その金があれば、整形外科医に新しい肉体を与えてもらうこともできるかもしれない。自分はまだ大物(ホット・スタッフ9だと信じ続けられさえすれば、この街ではうまくいくようになっているのだ。
 タクシーの運転手に教えられたホテルの一室で、おれは見事に大勝負に打ち勝った。負かした奴は飛び降り自殺をし、本当の正体を見たディーラーも窓の外へと消えた。だが、そのホテルはずっと前から廃ビルとなり、立ち入り禁止となっているはずだった
 蘇ったおれを、彼らは待機旋回中だと言った。タクシー運転手も待機旋回中だったのだ。そいつはいつ明けるかわからないが、おれはそれを待っている。
・ゾンビもの、ホラーものというよりは不条理ものに分類されると思う。なんとなく『ザ・ホルトラク』を彷彿とする。

予定変更
 ダネンはオーハイへの帰路の自動車道で、死人を拾う。どう見てもそいつは正しく死んでいたが、今は死体を借りている別のものが入っているというのだ。そいつはダネンにこの世の理を教える。この世のあらゆる事象は高次の存在によって立案され、そしてそいつのような技術屋が他者の人生に介入することで実行される。ちょっとした手違いで、そいつは異なる場所で今取りついている男を死なせてしまったのだ。その埋め合わせのために、ダネンに協力してもらいたい――。
 その計画には、ダネンの妻、ジョアンも含まれていた。取りついていた男は、彼女の愛人だったというのだ。混乱するダネンは抵抗しようとするが、むなしくジョアンは射殺されてしまう。そして、その場には女と愛人の死体、そして殺人者が取り残された。
・この世の偶然は全て大いなるものの決定によって仕切られている。それはいいとして、そりゃねえよ
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 技術屋はこの言葉と共にアリアリされるべき。

犯罪の傑作
 酔っ払いの老人が路上で殺害されたリンデンヴェイル事件を調査しているバーケル刑事のもとに、挑戦の手紙が届けられる。犯人を名乗るその人物の目的は、遺恨ではなく、傑作ミステリのような殺人事件をその手で実行することだった
 困ったことにバーケル刑事には、探偵小説に関してはとんと疎い。そこで、探偵小説マニアの記者、フォンティンに協力を求めることにした。話を聞いて、思案していたフォンティンは、おもむろに電話を始めた。相手はエラリー=クイーン、探偵にして、作家にして、編纂者(アンソロジスト)でもある人物である
・エラリー=クイーンその人本人に助力を乞う、お遊び的要素が強い。エラリー=クイーンミステリ・マガジンにこれを執筆したのだから、とことんまで人を食った作家である

八百長
 元タクシー運転手のストレンバーグは、第三レースの八百長を聞きつけ、同じようにしみったれた連中から金をかき集めて勝負に出る。しかし、その八百長は履行されなかった。きっと、直前でガサ入れを嗅ぎつけ、中断させたのだ。
 すってんてんになったストレンバーグは、再びタクシー運転手に戻った。次の春のレースまでには、きっと資金もできていることだろう
・懲りない元タクシー運転手の競馬狂、界隈にたむろする一癖も二癖もある連中、実体験を元にしていなければこの観察眼にあふれた物語は書けないでしょう。自伝的小説といっていいかもしれない。

オーハイで朝食を
 タクシー運転手のクオークは、キングズ・ロード・マウンテンで起きた自動車転落事故で警察に呼び出された。自動車に乗っていたオーハイの女性が所持していたスパイラルノートに、彼の名前と住所が書き込まれていたのだ。クオークにとってオーハイという土地とその女性らはいい思い出ではなかった。
 クオークの記憶していた名前と、犠牲者夫婦の身分証の名前は違った。クオークは、彼らの家で見た狩猟記念品(トロフィー)保管室の頭に取りつけられていた、真鍮のプレートで覚えていたのだ。二ヶ月前、ロサンジェルスに行ったクオークは賭博に手を出し、有り金に上物の上着まですってしまった。文無しでフリーウェイを歩いている時に、あの女性アン=ミルズが拾ってくれて、オーハイにある彼女の屋敷まで連れて行ってくれたのだ。
 乞われるままにクオークは夫婦との食事にありついたが、トロフィー保管室で夫にアンとの不義を疑われ、潔白にも関わらず口止め料を受け取ってしまう。写真を送るため、と言われて書いた名前と住所を残して、クオークは一人屋敷を去った。
 ウィアー巡査部長は、自分の狂気じみた推論を語る。それはクオークへのテストだった。彼らの熱狂に相応しいかを試す、テストだったのだ。
・作者はオーハイという土地に相当の思い入れがあったらしい。クオークがハンティングの標的だったというオチは、犠牲者の顔写真だけをコレクションするという描写こそゾクッときたが、ちょっとありきたり。

 妙な味わいを残しはするが、全体的に小品でコレは、という強い印象には欠ける。むしろ奇想よりはオシャレな言葉づかいの方を筆者は評価したい。記事中で引用しているのは特に気に入っているフレーズで、これは翻訳者の腕もさることながら、原文のセンスあってのものだろう。また作者の経歴は、本書収録のどの話よりも面白いと言えてしまう。行方を知られていないのがもったいない。
 見どころは『家の中の馬』かなあ。なんじゃあこりゃあ? ってな笑話としての完成度はこれが一番。ベスト3は

3位:墓場から出て
2位:そこは空気も澄んで
1位:階段はこわい
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テーマ : 海外小説・翻訳本
ジャンル : 小説・文学

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