読んだ本#35~超常小説三冊~

 私小説の次は超常小説の話を。

 チベットのラッパ犬

チベットのラッパ犬チベットのラッパ犬
(2010/08)
椎名 誠

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 現実の地名や国際情勢に則した『ひとつ目女』に対し、こちらはあの謎めいた単語“北政府”が中心で、おーこれはより直接的な『武装島田倉庫』の続編か、と喜んだのだけれど、ちょっと期待が大き過ぎたのかもしれない。
 あんまり綿密なプロットを立てない椎名さんの行き当たりばったり感が悪い意味で出てしまい、小規模な事件が起きてはその場を凌ぎ、の繰り返しで盛り上がりに欠ける。お待ちかねのサイボーグ犬になってからのアクションも発想はいいのだが起伏の不足した展開は変えられず、主人公の追ってきた標的と対面する結末も取ってつけたようで、消化不良な印象は否めない。SFに追い付くほど発達した近代科学をうまく取り込んでいるし、キョングとの友情など見るべきシーンもあるだけに惜しい。

 楽しめた、というならこっちの方が上。

 飛ぶ男、噛む女

飛ぶ男、噛む女飛ぶ男、噛む女
(2001/10)
椎名 誠

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 考えてみれば、ちょっとずれた現実を題材にした超常小説も椎名さんの作風のひとつであった。すっかり忘れていた。執筆時期が『春画』と同時期、つまり鬱期にあった頃で、しかも椎名さんご自身を度々モデルにしている(『中国の鳥人』が言及されたり)。ために、現実と虚構の境がいつも以上に曖昧で、かつ真に迫った狂気が覗く。『かえっていく場所』などでも触れられていた、椿の木から友達を落下死させる文字通りの悪夢がかなりのスペースを占めており、この時期相当にこいつのリフレインに苦しめられたのだろう(この悪夢が登場する中では、『樹の泪』が一番印象的であった)。『自走式漂流記』の『書けなかったこと』に出てきた、「夜中ベランダから見下ろしたら、庭でしゃがんで見上げていた」女性と思しき“K”にまつわる煩悶も、より現実の椎名さんとのリンクを強固にする。あまりにも記憶が生々しくて書くのを断念した、とある書けなかった理由に恥じず、ついに手を付けたこのエピソードはじっとりとした恐怖を孕んでいる。
 これ以前の作品と比べて性的な要素が多いのも、そんな不安定な精神の現れと思われる。家を捨て家族を捨て、ゆきずりの女性と一緒に何処かへ流れていく――椎名さんに“火宅の人”願望があったことは、文体から荒々しさが抜けてきた『パタゴニア』『風景進化論』などで語られていた。後にその願望は奥様のノイローゼや子供たちのアメリカ渡航などで自分が家を守らねば、という使命感に取って代わられ、“火宅の人”ならぬ“お宅の人”(このギャグは傑作ギャグだと思う)となるのだが。揺れ動く心理の中で、再びそれがぶり返して作品となって表出したとしても、無理のないことだ。
 まったく架空の人物が主人公の物語も収録されているが、全体に漂う妖しい気配は共通している。「かなり思い切った題材とテーマに挑んだ」と作者自らおっしゃっているように、これまでの超常小説ほど現実離れしておらず、さりとて決して現実的ではない不気味さは、椎名さんの小説の中でも異質だ。最後の『オングの第二島』で、主人公は急速に精神の平衡を取り戻すのであるが、そこに至るまでの経緯は結局のところ、やっぱり夢か幻のような確信の持てない出来事に占められている。精神的に不安定な時期にだけ書けた一冊なのではなかろうか

 三冊目は新作。

 EVENA

EVENAEVENA
(2015/01/26)
椎名 誠

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 意外と書かれることのなかったクライム・アクション。無頼の徒による暗闘はSFでしばしば取り上げられる題材ではあったが、架空であるにしても現代の時間軸で扱われるのは珍しい。もっとも分類としては、若かりし日に漲っていた闘争本能と行き場のない鬱屈を描いた『黄金時代』などと同じ路線なのではないかと思う。新境地と言えるほど新しく感じなかったのは、そんな既視感のせいか。
 本書では舞台設定の目新しさよりも、久々に(と言っては失礼だが)構成力に驚かされた。SFや超常小説だと、大きな事件は起きない代わりに次から次への異常な情景の描写で攻めてきて、その空気感で読者を飲む手口が多かったのだが、本書の物語の組み立ては一味違う。「おれ」が冒頭に飛び込んだバーの客たち、「おれ」をヒデヒコさんと間違える老婆、「おれ」をハメた「頬こけ」や「走り屋」、給仕の「オリーブ」……初見ではその場その場だけの要素かと思わせておいて、それらが物語が進むにつれて結束し合い、最終的に大金を巡る策謀に収束していく流れは、流石に歴年の蓄積のワザである。特にラスト、「おれ」の物語が始まるきっかけとなった「走り屋」の手口を使うのには「おおっ」となった。見事な話のたたみ、圧巻の試合運びからのスモールパッケージホールドだ。
 登場人物たちの関係が明かされていくにつれ、どんどん得体の知れない人物になっていく“こぐれ”こと「頬こけ」の存在感は、もうひとつの作品の魅力のひとつと言えるだろう。後半はこいつを出し抜くか、こいつに出し抜かれるかの対決になってくる。本書は「おれ」のストーリーであり、「頬こけ」のストーリーでもあり、「頬こけ」をもう一人の主人公と認識しても、それは過言ではない
 現実の日本に比べて極度に治安が悪化していることや、危険なドラッグである“エベナ”が『ひとつ目女』にも名前の上がっていることを考えると、もしかしたら『武装島田倉庫』以前の物語なのかもしれない。シーナ・ワールドSFとの関連を示唆する意図があるのだとしたら、こちらもシリーズ化を期待してしまう。
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