読んだ本#28~年末年始に読んだナマコの本~

 昨年の12月半ばに、図書館でいつもより多めに本を借りてきた。年末年始のようなまとまった休館日が挟まる場合は、普段より長く借りていられるのだ。こいつで活字漬けの年越しを過ごすぞムフフなどと含み笑いをしていたら、今年も怠惰で杜撰なスケジューリングのツケがいつも通り回ってきて、気づいたら12月もあと僅かに。びっくりして電車とトイレの中でいつも以上に集中して消化していった(この二つの場所が最も効率よく読み進められる場所である)。ところで借りられる上限は十冊を下回る図書館を見た覚えがない。そんなに速読の人もいるのかな、と思っていたら、あれは絵本とか資料用に借りていく人のためだったのですね。確かに絵本なら一日一冊のペースでも読めるし、資料としてなら全部読む必要はないもんな。
 で、私が借りてきたその中の一冊は、続編だった。
 かつて別の図書館で、その前編にあたる本を読んでいたのだ。
 その図書館は小さいたたずまいながらしっかりした蔵書で、特に海外ミステリ・SFの渋い選球眼には一目置いていた。引っ越しで使えなくなってしまうのは残念だなぁ、と思っていたら、別に他所の人間でも借りられるという。お役所仕事と揶揄される日本の公共機関もなかなかフトッパラなことを言ってくれるのだ。
 私の住んでいる地区の図書館にはない本を物色しつつ、椎名誠さんの棚を探した。『暗闇埠頭三角市場』でシーナ・ワールド熱も再燃したことだし、旧作のSFでも読めないだろうか、と思ったのだ。そんな折、普通の単行本よりも一回り小さくスリムで、可愛らしい本があった。
 一目見て「お?」と思い、パラパラと流し見をして「おおっ?」となった。借りてきて読んで、「おおお……」となった。
 その本の題名は『大きな約束』だった。年末に読んだ続編は『続 大きな約束』である。

大きな約束大きな約束
(2009/02/05)
椎名 誠

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続 大きな約束続 大きな約束
(2009/05/01)
椎名 誠

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 椎名さんとご子息を始めとした家族の交流といい、続編が『続○○』であることといい、これはあの『岳物語』の後継者ではないですか。ご子息がボクサーとして試合に出場したこと、アメリカに渡ったこと、映画『白い馬』の撮影中に遊びに来たことなどは、『新宿赤マント』や『麦酒主義の構造とその応用力学』できれぎれに語られ、知っていたのですが、再びこれだけ密接な題材となって語られる日が来るとは。
 それ以上の衝撃は、椎名さんにお孫さんが出来たという事実か。ご子息も今では二児の父、椎名さんのマゴにあたる風太君のサンフランシスコからの電話で「じいじい」と呼ばれ、奥様曰く「じいじいバカ」を発揮する様には、『さらば国分寺書店のオババ』以降のレッグラリアート的エッセイを知る読者としては、椅子からずり落ちそうな驚愕の光景であった。物語の端々で交わされる椎名さんと風太君の交流は、お孫さんが可愛くて可愛くて仕方ないという本音がダダ漏れで、読んでるこっちも頬が緩む。あのノンポリノンセクト肉体派の割とコワい人だった椎名さんが、お孫さん相手のとりとめのない会話にココロの安らぎを見出しているとは……時は流れるものです。
 そう、実際、私が椎名さんの著作から離れている間に、確実に時は流れていた。あやしい探険隊にせよ、本の雑誌にせよ、私が集中して読んでいた時代のエピソードに登場した人々は、ほとんど姿を現さない。レギュラーメンバーも入れ替わっているようだ。中には、既に故人となった方もいる。八丈島の山下浄文さんと、隻眼のカナダ人ローリー・イネステーラー氏が亡くなった話題はショックだった。椎名さんのエッセイの良き脇役として楽しませてくれた方々が死んだというのは、私に直接関係ないにしても、不思議に寂しくて悲しかった。
 ご家族のことだけでなく、相変わらずあっちこっちの旅行や仕事にまつわる話も多い。いつも通り、喜びや怒り、苛立ちもその中には含まれているが、本書の語り口は普段と異なって、妙に淡々としていて不気味なくらいだった。どこかしら、先に述べたような、“死”を意識させるような静けさがあるのだ。時折エッセイの中で「オレ来年まで生きてるかわからないもんなぁ」なんて冗談めかした発言もしているが、周囲の親しい人々を次々に喪い、それが本格的に冗談でなくなっている年齢という自覚が、この静謐さを生んだのであろうか。
 その一方で、最初の話がいきなり暴行沙汰なのだからびっくりする。『フグと低気圧』で、新宿の紀伊國屋書店でサイン会の翌週、スゴんできた若僧に二段打ちを炸裂させたのが、恐らく最後の直接的闘争になるだろう、と予想されていたのだが。しかも連載時期を考えると、とうに六十を越していてもおかしくない年齢で、あまつさえ暴漢にきっちり反撃し、歯まで叩き折ってしまったというのだから、その衰えを知らない鉄拳の冴えには恐れ入る。まったく凄まじいじいじいもいたもんである。団塊世代の老人暴力が増加傾向にある、と聞いたことがあるが、老人に殴りかかる方だって相手を見ねばなるまい。

 長らくご子息をテーマとした小説が途絶えていたのは、親子間にあった齟齬であると『続 大きな約束』で明示されている。『定本 岳物語』の刊行にあたって、ご子息が寄稿しているのだが、そこでも複雑な思いが語られていた。
 『岳物語』がベストセラーになった後、中学生のご子息は椎名さんの部屋に駆け込んでくると、本を叩きつけて「こんなことを二度と書くな。今すぐ日本中の本屋からこの本を無くしてくれ」と泣きながら叫んだそうだ。椎名さんはその時、何も言わなかったという。
 自分の体験から考えても、この心理というのはひどくよくわかる。
 中学生というのは、人生において屈指の暗く鬱屈とした時期である。何もかもが遊びの延長だった小学校から、次第に競争社会としての現実味が、学業や試験、人間関係、すべてにおいて忍び寄ってくるようになる。肉体も自我も著しく発達してはいくが、それに追いつけない精神の未熟さは、急激な環境の変化を整理する余裕を持つことを許さない。やりきれない苛立ちを抱えながらも、悶々とした日々を、ただ耐え抜くしかないとあらば、反抗期が来るのも当たり前に思える。
 そんな暗黒期に、本人からすれば恥部でしかない幼少の頃を書き記した本がベストセラーとなって全国に流通すると知ったら、たまったものではないだろう。
 以後、椎名さんは息子を小説で取り上げるのは止めている。書きたいことはいくらでもあったが、ご子息との「約束」を守り通したという。後、アメリカに渡り、結婚したご子息からの手紙には「とうちゃんは作家だから、オレのことを題材として書くのも当然だと思うようになった」という一文があった。
 ご子息も結婚して夫となり、子供ができて椎名さんと同じ「」になったからこそこのような和解がなされ、再び小説に登場することを許せるようになったのかな……と、思う。
※娘さんについては、早い段階で「小説に書いたら遊んであげないからね」と言われたので書かなかったらしい。近年の私小説では度々顔を出してくれています。

 『続』のラストで、ご子息はアメリカから日本に戻って生活することになる。椎名さんは自由で巨大で危険なアメリカの生活を長年続けて日本になじめるのか、と心配するも、奥様にかけられた「そういうことを心配するのはもう私たちの役目ではない」という言葉、これが胸に刺さる。
 何時まで経っても親子は親子であるが、ご子息も人の親となった以上、家族を守り、生きていくという問題に立ち向かっていく義務と権利はご子息にあり、椎名さんにはもう無いのだ。となれば、椎名さんにできることとは何か。
 それは、風太君たちのよき「じいじい」として生きていくという「大きな約束」を果たすことだ。
 この帰結はまことに自然であるし、またしみじみと感動的である。
 あとがきで語られている、数少ない昔からの知人の登場人物(といってもあとがきだけれど)、目黒考二氏とのやりとりがまた良い。「おじいさんと孫の話を書くといい」とアドバイスしたのは、この目黒氏なのである。話をしながら、ヘヴィ・スモーカーである目黒氏が煙草をまったく吸わないことに椎名さんは気付く。目黒氏は、知人がガンになったのをきっかけに、自分にとって最も重要な煙草を断つという「約束」をしたのだという。
 まったくもって、人生というのは、ただ生きていくだけでも誰にとっても「大きな約束」なのであるなぁ。

 ガラにもなくまじめな話をしてしまったが、ウスバカ成分はきっちり『ナマコのからえばり』シリーズで補充してきた。こっちは本当にいつも通りの、気楽につまめるエッセイ。

本日7時居酒屋集合!

本日7時居酒屋集合! ナマコのからえばり 2本日7時居酒屋集合! ナマコのからえばり 2
(2009/06/11)
椎名 誠

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 溜め込まれた鬱屈を火炎放射器のように吐き出す勢いには、やっぱりじいじいになっても椎名さんは椎名さんだとアハハと笑いながら安心した。

 シーナ・ワールドの復習に再読した『ひとつ目女』だが、話の筋をまるっきり忘れていて我ながら呆れた
 こんなにセルフ・オマージュが込められた作品だったのか。

ひとつ目女ひとつ目女
(2008/11)
椎名 誠

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 臓器の売人に命じられてラクダを探していたはずが一つ目の女を発見し、この一人と一匹を連れてあてのない旅を続ける男の異世界探報記な長編であるが、あちこちで目にする超常的存在にデジャヴを感じさせてくれるのが大きな特徴。そもそもひとつ目女自体が『武装島田倉庫』に登場していたモチーフであるし、醜女蔓と蛇蝎のくだり、川に立ち並ぶ木人なんかは、『みるなの木』そのまんまではないですか。『みるなの木』が一番好きな私としては嬉しい再登場だった(蛇蝎が『水百足』の話では傭兵だったのだが、後に『みるなの木』同様の怪物になっているのは、別の本で書いてあった「どうしても辻褄が合わなくなってしまった」箇所だろうか?)。
 また冒頭の東京の描写はシーナ・ワールド研究家として実に興味深い。『暗闇埠頭三角市場』についての記事で、「『武装島田倉庫』などのシリーズに含まれるのではなく、同じ設定を使ったパラレル物語ではないか?」と推察していたのだが、『ひとつ目女』は『みるなの木』との関連を暗示しながら、かなり原形を保つ東京が登場している。そこで交わされる国際情勢も、『暗闇埠頭三角市場』と共通のようだ。やはり『武装島田倉庫』などの作品の舞台となったのは日本の中でも相当に荒廃の激しい場所であり、東京は比較的被害が少なく、往年の姿を留めていたのかもしれない。続編や同好の士の考察を心待ちにしたいと思う。
 ところで、シーナ・ワールドSFの中でも、ここまでサバイバビリティのない主人公って珍しいんではないだろうか。いくらエベナにやられたとは言え、それ以降完全にガイドの雲去だよりになっているのは……あまりの他力本願っぷりに、一体いつ雲去に裏切られて殺し合いになるのか、と心配していたが、最終的に穏やかに別れていて拍子抜けした。なんだかんだで雲去も粗野で乱暴だが本質的にはお人よしだったようだ。彼ともまた、灰汁や可児のように再会することがあるだろうか。
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