クトゥルフ神話TRPGヨタ話#53~〈エッセイ〉「クトゥルフ神話」のトレンド~

 『古きものたちの墓 クトゥルフ神話への招待』はこれまで翻訳にイマイチ恵まれなかったキャンべル先生の小説を読めたのが一番の収穫だが、最も興味深い話というと、巻末エッセイの『「クトゥルフ神話」のトレンド』だったかもしれない。
 ここでは日本におけるクトゥルフ・ブームの隆盛に熱を入れており、アダルトゲームや動画サイトなど、これまでのクトゥルフ書籍に比してかなりの若手文化にまで着手して解説されている(抜きゲーなんて単語が出てきた時は吃驚したサ)。ニコ動の卓上ゲーム動画の影響という俺っちと同じ推察が語られていた箇所にフフフと含み笑いをしたり。
 ンな筆者の自慢話はおいといて、気になったのが「クトゥルフ・ブームで原典に興味を持っても、どれから読んでいいのかわからない、もしくは翻訳されていない」というクトゥルフ・ビギナーへの入門書不足という問題だった。
 確かにクトゥルフはヲタクの間で基礎教養、とまでは言わないが、クトゥルフとか正気度とかインスマウス面という単語が通じるぐらいの浸透度を誇るネタとなった。が、ネタとして扱われている事は多くても、その出典であるラヴクラフト全集であるとか、暗黒神話大系シリーズであるとかまで手を伸ばしているか、というとそうでもないと思う。筆者が読みてーなぁと思った時期でさえ手に入りづらかったし、これらの書物を一般書店でフルセットで見る事はほとんどない(ただでさえ海外古典のスペースが狭いのに……)。暗黒神話大系の方は巻数が多い上に執筆者もバラバラなんで、解説書などの下調べなしに手に取るのはちと厳しいもんがある。
 もっと言えば、原典そのものが超読みづれえってことがな。ラヴクラフト原理主義者の俺だが「クトゥルフに興味あるんだけどどれから読めばいいの?」と聞かれたら、「『クトゥルフの呼び声』と『インスマウスの影』だけ読んどけば十分じゃねえの。面倒ならいいけど」と答える。あれを楽しんで読めるのは相当鍛えられた狂信者だ。ダーレスとかブロックとかならそうでもないが、それでも文章としては特殊だし。
 実際、『這いよれ! ニャル子さん』アニメ放映直後に全集とクトゥルーの1巻がバカ売れしたものの、その勢いも2巻で早くも息の根止められたらしい。さもありなん、である。ニャル子に関しては内容ほとんど知らないが、アレを見てラヴクラフト先生に手を出そうというのは根本から間違っとる。ハルヒダンスをコピーしようとして暗黒太極拳を踊ってるようなもんである。あのニャル子のモンゴリアンチョップみたいな動きのように簡単にノれるわけではないのだ。
 全集の最後の方が出たのは21世紀になってからなんでそこまで古い本、というわけではないんだけど……最初の頃は流石に隔世の感、てやつで、翻訳が古いのは否めない。そもそもモトの文章からして古色蒼然としてるしね。あ、『クトゥルフの呼び声』なら新訳がBRP版の冒頭にまるまる掲載されてるんで、アレを読んどけばよかんべ。
 一方でブームにアテられた解説書は山ほど出ているが、本場アメリカのクトゥルフ研究の輸入が滞っていたため、そのクオリティに難あり、であるという。小説すら完全に翻訳され切ってないんだからそりゃそうか。しかし「80年代で時間が止まったような古臭い解説が今なお量産され続けている」という言葉には大いに頷ける。いまだにダーレス作というだけで悪し様に罵る、音楽は洋楽邦楽はダサイ全部ダメ的レビューが罷り通るんじゃあねぇ。数は出ていても内容にあんまり差がないというのも寂しい。どうせならもっとラヴクラフト先生マジギレの『宇宙からの色』叩き買い問題とか、全集が遅れに遅れた大瀧先生曰く「憤懣やるかたない理由」とかにつっこんで触れてくれないかなぁ、変わり映えのない解説よりはるかにそそる内容なのに。
※そう言いつつも、このエッセイでもシュブ=ニグラスがヨグ=ソトースの妻とされる、とか怪しげな説を取り上げていたりするのであるが、それはそれ。
 やっとこさ『クトゥルフ神話への招待~遊星からの物体X』『古きものたちの墓 クトゥルフ神話への招待』のようにこれまで未訳作が陽の目を当たるようになったワケだから(おう、『クトゥルフ神話への招待~遊星からの物体X』でも『クトゥルフの呼び声』の新訳を読めるぞうっ)、この流れはもっと続いてほしいもんだと思う。果たして筆者の生きている間にシアエガの出てくる『Darkness,My Name Is』を読めるだろうか……。あと、未訳作はさておいて、この二冊も入門書か? と問うならば「うーん」という感じだったので、門戸を開くという課題に対してはまだまだ注力が必要というところか。
 若手の参入できないコンテンツは長続きしない。ブームばかりが先行して、ビギナーが立ち入るのに度胸のいるクトゥルフの日本の状況というのも、それはそれで不幸なのかもしれない。かつてのTRPGと同じ轍を踏んではなるまい。



古きものたちの墓 クトゥルフ神話への招待 (扶桑社ミステリー)古きものたちの墓 クトゥルフ神話への招待 (扶桑社ミステリー)
(2013/06/29)
コリン・ウィルソン、ブライアン・ラムレイ 他

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