読んだ本#17~不思議のひと触れ~

 読書は嗜むが活字中毒者というほどではない。せいぜい一週間に一冊程度ののほほんペースである。これしきで活字中毒者を名乗ったら、一日に二~三冊読破したという本場の活字中毒者・目黒考二氏に一喝されるところだ。筆者には断じて、字のない密室に押し込められて悶絶し、隙間から降ってくる一文字だけ書かれた紙とか、スーパーのチラシに狂喜するとか、そおいう性癖はないのだ。つってもこれは椎名誠氏のバカ小説『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』に出てくるめぐろ・こおじの話だけど。
 とはいえ軽度の活字中毒ではないかという認識はある。
 大体筆者が本を読む場所は電車の中である。本を読むぐらいしかできることがないからだ。逆に言うと電車に乗る時、読みかけの小説を忘れてきたとなるや、「あっ電車の中で読むものがない、どうしようどうしよう!」とうろたえることになる。どうしようったって座席を取れず吊革にぶら下がってる時同様、「この電車ひっくり返らねえなあ」みたいな仏頂面で目的地までじっとしてりゃいいし、もしくはルールブックでも読んでシステムの復習でもすればいいものを、何だか新しい活字を見てないと落ち着かないのですね。
 厄介なのは面白過ぎる本である。ついうっかり勢いに乗って読み進めてしまうと、往路の間に読み終わってしまい、復路でさて何を読んだものかと途方に暮れることになる
 前置きが長くなったけど、今回「往路の間に読み終わってしまった」面白本がこれ。
 不思議のひと触れ

不思議のひと触れ (シリーズ 奇想コレクション)不思議のひと触れ (シリーズ 奇想コレクション)
(2003/12/22)
シオドア・スタージョン、大森 望 他

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 往路で読み切ってしまったのも失敗だったが、寝床でも睡眠を忘れて読まされてしまうがために、私の生活リズムはこの一冊に大いに狂わされた。
 異色作家短篇集の『一角獣・多角獣』の時もフゴフゴと鼻息荒く読み倒してしまったっけ。

一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)
(2005/11)
シオドア スタージョン

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 収録作の『死ね、名演奏家、死ね』も含めて、こちらもどこかで語りたい。
やっぱりスタージョンは短編だよな
 などと知った風な口を利いてはみたものの、よーく考えたら私が読んだことのあるスタージョンの長編って、『夢見る宝石』しかないのであった(´・ω・`)
 それにしても、日本語訳で、かつ素人目でもこの人の文章の美しさは傑出している。『英語と情事に耽っている』(ジェイムズ=ブリッシュ)とは言い得て妙である。詩的なんてものではない、まるで詩が文章の中に息づいているようだ。「何事も90%はクズなのさ」という挑発的な文言で有名な“スタージョンの法則”であるが、実際には少し違うそうだ。「世の人はSFとなると九割がクズだろ、と言い出す。しかしそれはSFに限らう、どんなものでも90%がクズであって、重要なのは残りの10%なのだ」と続くという…こうして見ると普通の話だな。でも、「どんなものでも90%はクズであり、大事なのは残りの10%」と大胆に言い切るにふさわしい力量…自他ともに残りの10%と認める作家なのは間違いない。
 文章の美しさに匹敵する特徴として、この人、社会の落後者を描くのが好きだなぁ。それは識字能力に欠けるチンピラ少年であったり、コミュニケーション能力に欠けるネクラ青年だったりするのだが、そうした連中が「不思議のひと触れ」によって救われる。青年期の挫折や持病、職を転々とした経験がこうした地に足のついたキャラクターを書かせるのか、と月並みな分析は置いといて、彼らと同じようにお天道様に背中を向けて歩く、日陰育ちのひねくれ者な筆者にはグッとくるのでありますよ。オーケンが『蜘蛛の糸』で語った「ひねくれ者へのエール」にも、もしかしたら影響を与えているのかも?
 そしてもうひとつ、全体的にキモさが漂う。『夢見る宝石』は特級のキモさであるが、ごく普通の作品にも何か生々しいキモさがあるのだね。着想にも語り口にも。もっとも、このキモさ、生々しさがあるからこそリアリティを紡ぎ出せるんでしょう、言うなればスタージョン味というものか。

高額保険
 鉄格子の向こうから、アルが現れた。多額の借金に悩まされていた彼は、ついに貨物泥棒に手を付けてしまう。あえなく犯行を目撃され、彼はお縄になるかと思われたが、事態は意外な方向に??
スタージョン衝撃の処女作。たった4ページの中にアッと驚く奇想が込められている。アイデアはもちろんのこと、叙述トリックまで駆使しているあたり、これが二十歳のシロウト作というのだから恐れ入る。ちなみにスタージョン本人は船員として働いている時にこの手口を思い付いたが、実行する勇気がなかったから小説にしたらしい。その度胸があったなら、はたして作家としての道を歩めたかどうか。

もうひとりのシーリア
 職場のイザコザで休職中のスリムは、留守時の他人の家に踏み込み、私生活を知り尽くすという奇妙な性癖があった。巧妙な手口で証拠を残さずやってのけるスリムにも、同じアパートに住むシーリアの生活はまったく読めない。唯一の遺留物、バッグの中には千枚もありそうな白いタイプ用紙だけ。こんなものから、どうやって私生活を推察しろと?
 しかし彼の熱意は、タイプ用紙の中からひとつの発見をした。その発見の真意を確かめるべく、屋根裏からシーリアの部屋を覗き見る。そこで見たのは、怖気立つ彼女の正体だった。
・解説二もある通り、江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』を彷彿するのは人情というものでしょう。これですよこれ、スリムの異常性癖やスーリアの正体、筆者の言いたいスタージョン作品のキモさが集約されている

影よ、影よ、影の国
 ボビーの継母、グウェンとの仲は険悪だった。虐待すれすれの厳しい躾で、グウェンに楽しみを奪われたボビーは、何もない部屋の暗闇を相手に遊戯を見出す。影の中には、彼にしか見えない様々なものが住んでいた。奇抜なもの、美しいもの、恐ろしいもの……ボビーの友達は、彼の望みを聞いてやった。
・スタージョン式「恐るべき子供たちシリーズ」。幼少に厳格な義父によって、パルプ雑誌コレクションを「切手サイズに細かく」ちぎられ、「足首まで埋まるほどの深さ」にされた体験を聞いて、すっごく納得した。ボビーの望みが叶うと同時に、せっかくできた友たちの世界、影の国に行く資格を失うラストが切ない。解説にこの間読んだばかりのブラッドベリ『草原』が言及されているのはなんたる偶然。

裏庭の神様
 ケネスが特大の水連の池を作ろうと目論んだのは、妻とのいさかいだった。彼のつく些細な嘘を、妻は決して見逃さず、かつ許さない。その日も、特大の鬱憤を抱えて穴を掘るうちに、ケネスはどことなく貴族的な顔立ちで、皮肉っぽい笑みを浮かべた顔を土の中から発見する。その名はラクナ、悠久の昔消え失せた人間たちの神だった。その証明に、ラクナはケネスに「口にしたことが真実になる」力を与える――。
・「口にしたことが真実になる力」寓話としては使い古された題材。それに、ついつい自己弁護のためのウソをつく男、という「不思議のひと触れ」を加えることで、スタージョン流の物語が出来上がる。この種の例に漏れず、ケネスは力を失い、奥さんと幸せに平凡な日々を送るのだけれど、「ケネスはいまも妻に嘘をついている」というオチ、良い意味に取れないこともないが、やっぱスタージョン好みのダメ人間的な性癖は治ってないんじゃないかねぇ。

不思議のひと触れ
 男は、相手が人魚と勘違いして、彼女好みの罵声を浴びせる。女も、男を人魚と勘違いして、彼好みの悪口で応える。行き違いを悟った男女は、岩棚に上がって、お互いの人魚の話を始めた。
 人魚は来なかったが、その晩二人に訪れたのは、この世で最も不思議なひと触れだった
・解説より「日常的なリアリティがとんでもなく非日常ななにかと遭遇した時(“不思議のひと触れ”が生じたとき)ドラマが生まれる」……表題にふさわしく、かつ本書の特質を突いた評価だと思います。
 人魚という幻想的かつロマンティックな存在を出発点にしながら、それらは男女の語りの中にしか出てこない。それでいてこの上なく幻想的で、何とロマンティックな物語。これぞスタージョンの“不思議なひと触れ”のなせる技か!

ぶわん・ばっ!
 赤毛のドラマー、レッドは「一流バンドでドラムを叩くコツ」を語ってくれた。「腕がよくなきゃいけない」「競争相手のだれより利口でなきゃいけない」「利用できるものはなんでも利用すること」……かつてレッドは、売り出し中の、それもそこそこに有名になりつつあるバンドのドラマーだった。ところが、彼の怠慢のために貸し船業者の息子、マニュエルにドラムを叩かせてみたところ、状況は一転。とてつもない熱狂を生む様を目の当たりにする。
 折しも、音楽業界の大物が見物に来るイベント間近。プロデビューのためには、何としてもマニュエルにドラムを叩かせたい他メンバーと、何としても叩かせるわけにはいかないレッドの駆け引きが始まる。「一流バンドでドラムを叩くコツ」を、最も上手に実践できたのは……。
・スタージョンの音楽嗜好を物語る名作。語り手レッドのキャラクターが素晴らしい。狡猾で傲慢、しかし音楽への敬意を決して忘れない好漢……途中までの舌を巻かされる如才の無さは、紛れもなく世にはばかるタイプの憎まれ役。だが、ラスト付近で鮮やかにそれがひっくり返されてしまう。本物の一流になる方法とは何か? その種明かしと共に、彼もまた本当の音楽を掴んだ結末は、レッドの人格や語り口からまったく予想できない爽やかさを生んでいる。この裏切りと爽やかさが、実に気持ちいい! 一枚のアルバムを聴き終えたような、心地よさがある。

タンディの物語
 一家の問題児・タンディはぶざまな人形、ブラウニーで遊ぶことで、驚くべき知能を開花させる。タンディだけではない、子供たち全員が変化を見せ始めた。彼らの中には、遠回りをして地球へとやってきた、「ある存在」がいたのだ。
・一番こみいった話と感じたのはコレだった。冒頭のレシピから、どうしてまた小ゼル話につながるのか、序盤では思いもつかん! 「恐るべき子供たちシリーズ」のひとつではあるが、あまり陰惨にならずホッとした。この話の父親像も、やっぱり義父がモデルになってるのかな? 本当ならタンディの妹の続編も書かれるはずが、離婚のためか頓挫したそうな。蛇足ながら、スタージョンと解説で引き合いに出されているディック先生とは、離婚歴の多さという点で共通している。

閉所愛好症
 コンピュータ技師で内向的な兄・クリスと、宇宙士官候補生の弟・ビリー。昔っからクリスのものはみなビリーがうまくやって持っていってしまう。今夜も夕食の話題、母親の関心、クリスの女友達までもかっさらってしまった。苛立ちだけを強めるクリスだが、客人ガーダ・スタインは、クリスこそが自分の求めていた人材だと囁く。彼女の正体、そしてクリスを求める理由、それらが合致した時、宇宙にふさわしいのが兄と弟のどちらか、答えは出た。
・こらーわかりやすい。内気でコンピュータオタクの兄と、快活でたくましい宇宙士官候補生。人生を謳歌するのは弟だが、最後に勝つのは兄…解説でも触れられている通り、いや触れるまでもなくワカるまごうことなき「オタクの願望充足小説」です。偏った言い方をすると「猫好きがリア充に報復してロリをモノにする」『夏への扉』がオタクに絶賛されるのは納得であるが、ここまで直接的だとどうだろう。スネ者の筆者はちと一歩引いてしまうなぁ。猫とロリの『夏への扉』より、犬とチンピラの『少年と犬』(ハーラン=エリスン)にグッとくるような人種だしなオレ!

雷と薔薇
 アメリカは五百発を超える、今となっては西からか、東からかも定かでない方角から発射された爆弾によって、放射能の蔓延する焦土と化した。じっとりと忍び寄る確実な死に脅かされながら、ピートは軍人としての職務を全うしようとする。
 彼の所属する基地に、突然スター・アンシムが訪れる。彼女は往年の名曲を歌い、憎悪と報復を捨て去ることを訴える。出演を終えた後、ピートは彼女との会話から、来訪の目的と真意を悟った。スターの来訪と同じ日にピートが発見した装置、そこに破滅と未来は同居していた
・驚愕すべきは1947年に発表されたという事実。原子爆弾が実際に使用されてから、たった2年で核の冬を描いたその見識、畏怖を覚えるしかない。恐らく世界初の「核の冬」SFでないかとも言われている。
 作品の出来については、言うまでもない。核戦争SFの古典として、語り継がれるべき一作と断言していい! いやオレが断言したからといってどうだというワケでもないが! ただただ救いがないだけの作品をもてはやすほど、高二病を発症してはいない。かろうじて未来は守ったものの、その未来が自分に微笑むことは決してない。とてつもない救いのなさと、その先にある一握りの救い、この匙加減にシビれるあこがれるゥのである。

孤独の円盤
 その夜、彼は入水自殺しようとする女を救った。
 女はかつて、「頭上に浮かんだ空飛ぶ円盤から話しかけられる」という超常現象を体験していた。政府は円盤を宇宙人が開発したものと見て、その科学力が自国に向かうのを恐れ、円盤のメッセージを聞き出そうとする。女はそれを拒否し、反国家的な行為として告発されてしまう。どこへ行っても好奇と軽蔑の目はつきまとい、居場所のない女は、瓶の中に手紙を入れて海へと流すようになった。その瓶は彼女の「孤独の円盤」。そして、男はメッセージを受け取った者だった。
・『一角獣・多角獣』にも収録された一作。「スーパー科学を持つスーパー種族なら、スーパー感情があると考えられないのかしら?」って、そんなもん考える方がおかしい。この斜め上の思考法があるからこその異色作家なんでしょう。
 既読ではあるけれど、二度読んでもやっぱりいい話ってのはいい話ですね。大トリという大任を見事に果たしている。どんな孤独にもおわりはある、という力強い結びに、ここは素直に拍手を送りたい。

 本書最大の見所は『高額保険』。処女作という資料的価値もさることながら、スタージョン節の出発点もいろいろと嗅ぎ取れる。
 ベスト3は
3位:『不思議のひと触れ』
2位:『ぶわん・ばっ!』
1位:『雷と薔薇』
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テーマ : 海外小説・翻訳本
ジャンル : 小説・文学

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