好きな漫画#46~ジャングルの王者ターちゃん~
子供の頃は下ネタとグロがキツくて(今でも割とキツい)苦手だったが、今見直すと『ジャングルの王者ターちゃん』がむちゃくちゃ面白い。笑いあり涙あり、自然問題という教育的題材をターちゃんファミリーの戦い、怒り、哀しみに乗せて描くことで、子供達を夢中にさせながら浸透させてくる。こんなに出来のいい「少年まんが」的少年まんがってなかなかないですよ。
それにターちゃんが憧れのヒーローの完成形過ぎる。強く優しく正義感に溢れ、それでいてちょっとおバカでスケベ。ここまで隙のないキャラクターを構築されるとアッパレとしか言い様がないです。「こうありたい!」って思わせてくれる大人なヒーローの魅力って色あせませんね。シティーハンターの冴羽リョウとか。
脇を固める層の厚さもまた売りの一つ。キャラクターひとりひとりが立ってるから、サブストーリーも面白いのなんの。「おそれいりました!」でおなじみペドロ、ストイックな戦士と成金のヘタレっぷり、そしてやるときゃやるギャップ芸人アナベベ、少年妄想の具現化である気功使いも梁師範でバッチリ。ターちゃん一極でなくまんべんなく見せ場があるってバトル漫画でなかなかできないことだと思うんよね。
連載当時はひたむきなペドロが好きだったけど、今ではヂェーンが大好きになった。かつては銭ゲバぶりとターちゃんへのツッコミに「おもしろいオバチャンだな」としか思わなかったのが、あらためて見たらなんだこのクイーンオブ良妻。ターちゃんをないがしろにしてると見せかけて、要所要所でターちゃんを支える、スゲエいい奥さんじゃないですか。それにこの人、金にうるさい割に私欲のために使ったことがほとんどない(レンジャー部隊へのおめかしにボロボロのスーツを使い回すぐらい。これにはターちゃんでなくても泣ける)。
どんなに姿が変わっても、ターちゃんはヂェーンのことを世界一愛してるっていうのも大人な関係なんだよなー。普通のカップルにせず、敢えて太ましい奥さんを配置して変わらない愛情を描くという手法は、少年には絶対気づけない高度なテクです。一時期痩せたけど読者から「太ってた方がイイ」というハガキが来て戻したという噂がある。作者は複雑だったろうなぁ…いや確かに太ってた方が私も好きですけど。
少し話は変わって、キャラクターは変わっていった方が面白いと思う。
「俺はこういうキャラだから」を貫くのもいいけど、話の進行や他のキャラクターとのぶつかり合いで変わっていった方が絶対人物像の深みが出る。
ここを取り違えて、「変わる」んじゃなく「矛盾する」行為になってると読者は違和感を覚えるワケだが。悪党が説得されて改心する描写に納得いかねー、という評判は大体コレが原因だろう。少しずつ変化の兆しを描きながら、それを丹念に積み重ねることで始めてキャラクターの意外な一面、心変わりってのは花開くんだから、その過程をないがしろにした変化は矛盾ととられても仕方ねーわな。例えが偏ってて恐縮だが、キン肉マンVS悪魔将軍が好例。あんだけツッコミどころの多い話なのに白熱と感動の一戦になったのは決して勢いだけじゃなく、バッファローマンの犠牲や委員長の奮戦、死したウルフマンにジェロニモの支えという血まみれの友情を愚直に描いていったからこそ、悪魔将軍の煩悶と陥落に説得力が持たせられるのです。
TRPGでも同じで、「自分のPC(NPC)はこうだからこうしかない」とつっぱねるよりは、「このキャラだからこそどう返すだろう?」と持ってった方が場も盛り上がるし楽しいと思う。PCやプレイヤー、場のノリ、キャンペーンの展開など水物要素がこれでもかってぐらいあるTRPGなら尚更ね。
で、ターちゃんの中で一番好きな話が、この「キャラクターの変化」を描いた殺し屋ローズの顛末。
ローズは凄腕の殺し屋として登場したのに、ターちゃんワールドのおバカっぷりに毒されて間抜けな失敗続き。ついにはサバイバル生活を余儀なくされるまでに落ちぶれてしまう。まあ、登場後しばらくの言動を見てると本人も凄腕どころかおバカだったようなんですけど…服毒覚悟で自分にキノコ汁よそうシーンはゲラゲラ笑ったっけ。あと困窮→一山当てる→また困窮と作中屈指のジェットコースタードラマを生きる人物でもある。
ローズ最後の登場(なんと連載終了間際に1エピソード貰っている)時には、アフリカの地形を把握しながら暗殺の機会を狙う名目で、ナイフ投げ技術を活かして新聞配達のバイトに就任。ターちゃん暗殺という初心を貫こうとする一方で、労働の喜びと現地の人々の感謝にささやかな幸せを噛み締めたりしている。暗殺者やってたって絶対「ありがとう」「精が出ますね」なんて言われないもんね、ってそりゃそうだ。
このままじゃイカンと勤め先のおばちゃんに切り出そうとするが、はたせず目覚まし時計を貰ってしまう始末。ローズはおばちゃんの好意を痛感しながら、暗殺者のプライドを通して、涙ながらに目覚まし時計を撃ち抜く。このシーン「ぼくの名前を知ってるかい、朝刊太郎と言うんだぜ」の歌詞がかぶってギャグっぽく描かれてるんだけど、実は裏の世界に生きる者が、陽の当たる場所で生きようとすることへの隔絶と苦悩を秘めた悲しいシーンだよなぁ~。凄腕の暗殺者という設定、それにこれまで彼女を襲った艱難辛苦と、ターちゃんやアフリカの人々との触れ合いを想像すると、彼女の心変わりのつらさ苦しさがよくわかる。罪を背負ってきた人間が幸せになりたきゃ相応の罰を受けてなお生きるべし、が持論(デスピサロが仲間になってロザリーと幸せになるPS版DQⅣにはえらい違和感があった)の私であるが、ちょくちょく見せるおバカな人間臭さと没落の惨めっぷり、それにアフリカでの交流を思えば、平穏な生活という許しを求めてもええやねん、と言いたくなるし、その一方で暗殺者という過去を振り返れば、まっとうに生きられない人間の業にも説得力を見い出せる。
「おれはしょうきにもどった!」なんて唐突な改心にせず、キャラクターの変化とはささやかな兆しの積み重ね、それを具現化したような奥深いシーンだと思うのです。ちょいオーバーだが。さりとて湿っぽくならずに悲哀を描いてみせるのがターちゃんのいいところですな。
最終的に暗殺は断念して、新聞配達員として働き続けることになる。それはそれで幸せそうなローズには、よかったよかったと思えてしまう。元暗殺者という後暗い経歴ながら、労働に励む彼女を見ているとつい笑いがこぼれる、悪からの脱却と浄化とはこうありたいモンです。
新ジャングルの王者ターちゃん 12 (集英社文庫―コミック版) (2010/10/15) 徳弘 正也 商品詳細を見る |