好きな漫画#57~野望の王国~


 機会あって一気読みした、いやはやすごい漫画もあったもんだ。
 その異名と数コマは聞き及んでいたのだが、聞きしに勝るとはこの事である。
 ふた昔前の漫画を取り上げて「昭和はやばい」とネタにする風潮を見るに、「それは昭和がやばかったんじゃなくて梶原一騎がやばかったんじゃないか」とツッこんでいたのだが、今度からはそれに雁屋哲の名前も加えようと思う。
 この漫画、『野望の王国』のテーマは「暴力」である
 暴力を取り上げた創作、というと自衛や復讐の是非などといった哲学的方向性を想起するかもしれないが、『野望の王国』における暴力という概念はそんな小難しいもんでも繊細なもんでもない。
 主人公・橘征五郎とその相棒・片岡仁の二人は東大法学部にて主席を争い合った期待の新星。しかし、この二人が東大法学部に籍を置いて政治学を修めていたのは想像を絶する目的のためだった。彼らが政治学から掴み取ろうとしていたのは、人が人を支配するための仕組み、権力を掴むための方法。社会の権力構造のカラクリを研究し尽くし、己のための王国を築くための下準備だったのだ
 そして、征五郎と片岡が辿り着いた解とは、それ即ち「暴力」!
 そう、征五郎は神奈川県最大の暴力団・橘組組長の妾腹の子であった。征五郎は己の野望のために橘組を利用し、表裏あらゆる暴力を駆使して日本を裏から支配する野望のために、戦いの荒野にその身を晒すのであった!
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 ……この時点で、一文脈につき数えきれないほどのツッコミどころが地雷の如く埋まっているけど、この程度でついていけなくなったら橘組の存在する川崎に在住はしてられない。それに島本和彦先生も『無謀キャプテン』で「非常識な目的が常識的な手段で達成されるわけがない」と仰っていたように、この漫画の常識は我々の常識と異なる次元で組み立てられているので、我々の価値観でツッコミを入れるというのは野暮なものだ。そうでないとツッコミが忙し過ぎて過呼吸に陥る。
 まずそもそも日本を裏から支配するのに暴力団を利用するという発想、確かにレッガーが社会戦を仕掛けるのは間違いではない。しかしいくら適性があると言っても、たかだかヤクザ、それも最大とは言えシマを神奈川県下に限られる暴力団がクロマクやエグゼク相手に社会戦は無謀ではあるめえか、という指摘はごもっともである。が、その順当な判断が征五郎&片岡言うところの支配される側の思想に染まっているのだ。
 『野望の王国』におけるヤクザとは、単なるチンピラではない。N◎VAにおけるレッガー然としたならず者でもなければ、亜俠のようなボンクラ鉄砲玉でもない。ヤクザという名の、なんか強力強大ななんかだ。その技術力はNASAに匹敵し、戦闘力はプロの殺し屋を凌駕、影響力は政治家・公安に及び、あらゆる犯罪に証拠を残さぬ手際の良さを誇る。逮捕された組長を救出するために連続爆破事件と鉄道事故、それに暴動を発生させるぐらいやっちゃうのだ。正直言って、広く見積もっても関東一円最強の暴力団でこんだけのことができるなら、別に公権力を掌握しなくても日本を支配できそうな気がするのだが。そういえば(真正面から橘組と対立する立場にある警察はともかく)本作で一番しょぼい権力者が、本来一番の大敵になりそうな現役政治家であった。だいたい冷や汗を流して利用されるか暗殺爆殺されるかの二択である。
 さらに征五郎と片岡を筆頭に、暗躍するどいつもこいつもが悪魔的頭脳の持ち主であるものだから、なおのこと本気を出したヤクザを止められる者はいない。いくらなんでもそりゃ無茶でっせ! とアストロ球団風に異議を差し挟みたくても、『野望の王国』の暴力団に不可能はない、そんな組織を運用しているヤクザが世界の法則なんだからもうしょうがないのだ。二十そこそこ、しかも学ラン姿の征五郎と片岡に権力者たちがいいように翻弄されるのは実にシュールな図柄だが、なんせ東大法学部主席卒業という肩書と、由起賢二先生の画筆によるぶっとい眉毛と剣鬼の如き眼光には黙るしかない(恐らく征五郎のキーはカリスマだろう)。
 全編に渡って『野望の王国』はツッコミどころに溢れている…というかツッコミどころだけで出来ている漫画なのだが、そこで交わされる人間ドラマは本物の濃厚さというせいで、読み進めていくともう目が離せない離れない。時代ならではのツッコミどころを笑いつつ、そこに込められたドラマの熱さを素直に楽しむというのが昔の漫画の二重に美味しい味わい方であるが、『野望の王国』は両方が突き抜け過ぎていて、もうたまんない。たまらない、などとお上品な表現をしている余裕もない。たまんないのだ。タマ姉たまんねえと同じようなニュアンスを読み取っていただきたい。
 征五郎は野望のために全てを利用するハラを決めており、そのために最愛の異母兄・征二郎を犠牲にすることも厭わない。片岡も征五郎の異母妹の文子と恋仲にあり、野望と彼女の間の板挟みとなる。若き獅子達の氷のような判断力と実行力、その一方で捨てきれない人情に煩悶する姿が大きな見所ながら、ドラマの大半を占めるのは先述の橘征二郎、そして最大の敵・柿崎憲と言っても異論は少ないだろう。
 橘征二郎は人格・統率力・人望全てにおいて征五郎を凌駕し、征五郎が最も敬愛し、かつ最大の敵として認識している男。
 唯一征五郎が上回る点といえば、それは胸に秘めたる野望の大きさで、征二郎はあくまでも昔気質のヤクザ。家族と組員を愛し、橘組の存続と面子を第一に考える。加えてなまじっか優秀過ぎるばかりに征五郎が自分を利用していることに早期から気付いており、弟への愛情と組長としての立場(征五郎の策略でさせられたんだけど)のせめぎ合いに、征五郎以上に悶え苦しむことになる。
  『野望の王国』のバイオレンスなガワからすると想像がつかないかもしれないけど、作中では「」も大きなウェイトを占めている。中でも、征二郎の抱えた愛は一際重い。弟征五郎や文子、それに妻と難病を抱えた息子、そして組員、征二郎の守らなければならない、愛を注ぐ相手は登場人物の中でも特に多い。反面、その気になれば軍隊顔負けの組織力を発揮する暴力団の組長という立場上、愛を犠牲にしなければならない場面もまた、特に多い。征二郎の苦悩の深さは『野望の王国』の大きな見所のひとつだ。
 同時に、いざ事が起きると征五郎でさえ青ざめる程の非情さを発揮する人物で、ただ人情派のヤクザというだけではない。兄弟間の跡目争いが発生するや否や、空爆に走られたら流石の征五郎とてそりゃ真っ青だ。手下も手下で、「お前(征五郎)にとっての片岡と同じ」と全幅の信頼を寄せられている赤星は、窮地の征二郎を救うために、“川崎騒乱”(連続爆破・鉄道事故・暴動がコレ)を実行するほどの心酔ぶり。政界の元老との戦争の際にも、組からの離反者は一人も出なかった。いろんな意味で作中最大にして、最強の人物である。
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同一人物です。
 一方、橘征二郎が征五郎にとってポジの最大の敵であるから、柿崎憲はネガの最大の敵だ。
 征五郎と同じく東大法学部を主席卒業でエリート街道を超スピードで突き進み、30歳で警察署長という異例の昇進を果たすが、それすらも柿崎にとっては腰掛に過ぎない。大蔵省に入らず警察庁を選んだのも、警察という日本最大の暴力機構を利用するため、つまり征五郎と片岡と同じく、暴力による日本支配を目的とする男なのだ。彼の野心に己らと似た臭いを感じた征五郎と片岡は協力体制に入り、征二郎と柿崎を相争わせ、ゆくゆくは共倒れになったところで漁夫の利を狙うことを画策。しかし征二郎は柿崎の一歩先をゆき、ついに征五郎と片岡も柿崎を切り捨てることを決意。警察署長から一転して犯罪者となり、柿崎は逃亡生活に陥る。
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これでも警察官なんです。
 全てを失った柿崎であったが、ここからが『野望の王国』最大の敵として本当の物語が始まる
 署長のポストの喪失があったにも関わらず、柿崎は警官時代に渡りをつけていた裏の世界を頼り、橘組への復讐を実行に移す。それも失敗するとなると、征五郎らの抹殺部隊をかわしつつ、名を変え姿を変え用心棒として政界の黒幕に引き合わされ、腹心に取り立てられるという強運を発揮する。
 征五郎と片岡を筆頭に、『野望の王国』の登場人物は己の野望のためにあらゆる力を注ぐ筋金入りの、ある意味主張の通った奴らであるが、柿崎の魅力はその中ですべてを私益、そして橘組への復讐に注ぐ自己中心性だ。何度打ちのめされても強運と実力を武器に這い上がり、征五郎と征二郎への復讐を決して諦めず、全力を尽くすことを厭わない。柿崎に襲いかかる逆境は征五郎以上であり、彼が掴んだ権力の座は全て失われている、にも関わらず一匹狼になってさえ復讐の機会を狙うこの執念、気質だけを考えれば主人公かと見誤ってもおかしくない。それでいて目的は100%私利私欲のため。天より高いプライドの持ち主ながら、権力者の助力を得るためなら靴を舐めることぐらい平気でやってのける。非情と愛情のジレンマを描くこの作品には珍しい、一辺の人間らしさを感じさせないあたりが実に清々しいヒールである。
 柿崎の恐ろしさを示す例として、征五郎と征二郎の縁者は大半を柿崎に殺されているのだが、殺人が実行に移されたのはほとんど柿崎の失脚後ということだ。後ろ盾を失ってなおこのキルマーク、柿崎のサバイバビリティと戦闘力を物語る好例である。そういえば戦闘力も作中最強であった。
 『野望の王国』の戦いは、征二郎と柿崎の骨肉の争い、その陰で暗躍する征五郎・片岡の三つ巴の構図となるワケであるが、いかんせん征二郎と柿崎のキャラが濃過ぎて、征五郎片岡コンビが薄味と感じざるを得ない。というのは、征二郎・柿崎が正面切って相争う故、ドラマもまた正面切って描けたから、であろう。征五郎・片岡の役目は黒子の役目であり、表舞台で活動するわけにはいかない。黒幕が黒幕たりうるのは影から事態を操られるからで、表に出てきた瞬間に隙が出来ると征二郎が指摘していた通りであり、これは立場上止むを得ない。また征五郎と片岡の秘めたる野望のために、社会的な地位を全て失うような大きな失敗は許されない。迷いは捨てて、粛々と野望達成のために邁進しなければならない。
 対して、征二郎は背負わされたとは言え適性抜群の橘組の組長、求められる決断と責任の重さが段違いである。最初から最後まで征二郎は組長の地位と、征五郎への愛情に苦しめられ続けてきた。また柿崎は征五郎に許されなかった、社会的地位を失う大失態を何度となく演じ、その度に絶望的な逆境からの再起するという、ドラマの上で極めて美味しい役割を得るに至った。
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作中一番酷い目に遭ってるのは間違いなくこの人。
 柿崎の最期にしても、征五郎は柿崎抹殺の作戦に参加こそするものの、決着は征二郎と柿崎の壮絶なステゴロタイマンの殴り合い。一種本作を象徴するような対決である。その最中、柿崎に盾にされた征二郎は、征五郎の謀略を全て呑み込んだ上で征五郎を次期組長に任命し、柿崎ごと射殺される。征五郎への愛情、橘組組長の地位を両立した見事な最期である。結局、最後の最後まで征二郎は征五郎にとって最大の敵であり、また超えることのできない壁だったのである。役者が違う、とはかくあるべし。
 これまた『無謀キャプテン』より引用すると、男はどうしていいかわからん時が一番面白い。その、一番面白いどうしていいかわからん時のメインを主人公が担当できんのだから、征二郎と柿崎に作品の印象を持っていかれたのは、物語の構造が落度とまではいかなくとも仇となったと言っても正当な指摘だろう。ために、征二郎が撃たれたのを目撃して茫然自失となるあたりから、一気に征五郎の魅力も出てくるのであるけれど。また片岡が文子との結婚を機に、野望を捨てて征二郎の下に着くことを提案された際に見せた征五郎の憤怒は、彼の苦悩の深さがついに噴出した素顔であり、本心からの絶叫は征二郎・柿崎にも匹敵して読者の心を震わせる。この素顔がもっと見られていれば……と思う。この時、普段征二郎への愛ゆえに判断を鈍らせがちな征五郎の押さえに回る、冷静な片岡がまた愛ゆえに和解を切り出す構図も素晴らしい。片岡とはまた違った、征五郎の愛ゆえの苦労が浮き彫りになった名シーンだ。
 物語は征二郎・柿崎の死後も続き、宗教団体救国教団の打倒をもって完結するのであるが、いかんせんあの二人の後とあっては格落ち感が否めない。片岡との別離という最後の男泣きイベントのためではあるものの(それに救国教団と教祖の息子・白川天聖の存在感も強烈)、ラストに持ってくるのは征二郎と柿崎との決着、そして征二郎から征五郎への命懸けの襲名……の方が劇的な幕切れだったのではないだろうか。そのぐらい征二郎と柿崎の対決は、凄まじくかつ目が離せない勝負。
 余談ながら、柿崎もまた征二郎に勝てないまでも、幾度も痛手を負わせている。激怒した征二郎は柿崎をガキ呼ばわりするのだが、征二郎は年下だったりする。て、29歳? あんな29歳嫌過ぎる。ランバ=ラル以上に歳不相応な貫禄だ。
 濃過ぎるキャラクターと言えば、サブキャラ筆頭の疋矢さんこと疋矢繁に触れておかねばなるまい。関西から来た若頭で、バイザー着用のコワモテながら、作中の萌えを一手に引き受ける。外見に似合わず無類の犬好き、何かあるとウイスキーをラッパ飲み、嬉しい時には頭から酒を被るなど妙に愛嬌のあるキャラで、それでいて有能、土壇場にも強く、柿崎さえも煙に巻いて見せる。その度胸は、いつしか征五郎と片岡にとってもかけがえのない味方になっていた。『野望の王国』の中で屈指の人気キャラという評価(オレ調べ)も納得である。
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たぶん一番有名な疋矢さんの画像
 最愛の兄さえも犠牲にして厭わない主人公が象徴するように、利用し利用されがモットーの登場人物が多い中、征五郎と片岡の野心に惚れ込み、利用されることを納得した上で、それに甘んじるという点でもなかなか珍しいキャラクターだった。決して裏切らず、最期は柿崎から征五郎らを守るためにその身を張り、今際の際には男泣きを持って見送られている。これほどの征五郎と片岡への疑うこと無き忠誠心、そして惜しまれての死は、初期からの手下トクぐらいしか匹敵する者はない(片岡は文子との結婚を前に征五郎と決裂しかけたし、征五郎はよく自分自身を裏切りかける)。そういえばトクも一介のチンピラにしては軍人顔負けの手下を揃える謎の人物であった。
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この危ない笑いからは想像もつかない程の忠臣
 由起賢二先生の画力もまた、外せない魅力である。元から動物画を得意とされるだけに写実的描写に長け、しかも漫画的な白と黒の表現に見事に落とし込んでいるのだから恐れ入る。特に、背景の美しさは絶品。流れる雲と朱に染まる夕暮れがモノクロで描かれる様は、息をのむほどの美しさ。川崎騒乱シーンはその白眉も白眉たるもので、爆発する工場、激突する車両の超絶書き込みを見よ。息が詰まるほどの人間ドラマは、渾身の原作に渾身の作画がスウィングしてこそなのだ。どう見てもダイナマイト数本じゃあり得ない破壊力の爆発シーンも、この画力を目にしたらそんな疑問は些細な事だ。
 原作者曰く「三十代の頃、コレが書けた勢いを取り戻したい」とのこと。確かにこういう漫画が無くちゃならないがふたつとあったら割と困ると思う。そのぐらいの凄まじい熱量を放つ漫画故、読む価値ありと断言はできるがとにかく疲れる漫画でもある。スーパーマーケットの紙袋の中からコンクリートブロックとかツッコミどころに笑っていられるぐらい体力のある若いうちに読むことをオススメする。
 それにしても、こんなドッタンバッタン大騒ぎが目前で起きてるのに、割と日常生活を送っている『野望の王国』の住民のタフさには恐れ入る。一種主要な登場人物以上に図太い。ゴルゴムの襲来で退去した『仮面ライダーBLACK』の日本人より頑健なのは間違いない。

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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

好きな漫画#56~我流・名作漫画の読み方愛し方~

 その人の「まんが読み」としての才覚を試す、簡単なテストがある。
 ポルナレフやクロコダインといったキャラクターを、本気でネタキャラと思い込んでいるか否か。
 もしくは戸愚呂弟を本気でB級妖怪と軽んじているか否か。
 まったくその通りじゃんと半笑いで答えた場合、そいつの「まんが読み」としての才覚は三流以下、いや絶無である
 恐らく界隈でネタキャラと扱われているのを見て、盛り上がれる笑いの題材という情報だけをインプットして読んでいるのだろう。そういう輩にとって、漫画とは画や登場人物、ドラマを味わう娯楽ではない。ただ笑いものにして騒ぎ立てることによって、自分の立ち位置を一時的に示すためだけのツールに過ぎない。実にさもしい接し方だ。こういう連中が世の中をつまらなくしているのだ、と筆者は断言して止まない。
 確かに往年の名作漫画は今読むとネタに映る場合が非常に多い。むしろ、ネタとして映らない往年の名作漫画など皆無ではないか、とすら私は思う。過酷な連載漫画というスタイルに、なにせ当時は情報の少ない上に勢いが優先される時代、冷静になって読めば読むほどツッこみどころは山と積み上がっていく。現代ッ子からしてみればギャグにしか見えないのも無理はない。
 しかしである、最初からゲラゲラ笑ってもらうのを意図しているのならともかく、描いてる方の熱意が本気であるのならば、ギャグに見えようとも必ず心を動かされるものがあるはずだ。ただ時流に乗ってヒットを作れるほど世の中と大衆は甘くない。力学的バランスを動かす要素があればこそ、右も左も世間もまとめて動かすことができるのだ。10年、20年、ひょっとしたらそれ以上の間、時代を超えて愛される名作にはちゃんとそうした理由があるもの。それすらも感じられないなら、それは感性が錆付いているだけなんでもう漫画とか小説とかエンタメから離れた方がいい。
※漫画の楽しみ方なんて人それぞれだろと反論する人もいるだろう。自分一人とかファミレスの内輪話とか狭いコミュニティなら大いにケッコー。でもネットとかツイッターとか人目に付く場所でなら、不快感を抱かせてはマナー違反だ。いやしくも“通”を気取るなら悪意あるからかいに思われない、程度の線引きが求められる。
 笑いものにしている人の中にも、ギャグという先入観で手に取ったら案外胸を打たれてしまった、という例は少なくはないのではないか? でも、その心の動きに同調するのでもなければ分析するのでもなく、都合よく目を逸らして茶化すだけでは、それはあーた作品と作者に対して礼を失するというものだ
 描いてる方が本気であるならば、読む方も本気で読む。これが礼儀だ。
 が、笑ってネタにすることを許さぬなんて堅苦しいことを言うつもりもない。むしろ、本気で読んだ後は、同好の士と集って是非とも話のサカナにしてほしい。愛情を持ったトークで盛大に笑い合ってほしいネタにする時は本気でネタにする。これが作法だ。
 第一、おかしい所をおかしいじゃねーか、とツッこむだけなら誰にでもできる。木を見てあれは木だ、犬を見てあれは犬だ、と言ってるようなものだ。そんな事はなんにも面白くない。箸が転がって笑う世代とメンタリティは大差ない。
 では本気で漫画を読み本気でネタにする層はどうするか。客観的に見てどう考えてもおかしい、フォロー不能な矛盾を前にした時どうするか。彼らはその矛盾を解消する理屈を全知全能を持ってして考え出すのだ読者はおろか作者ですら手を付けるのをやめた問題を、あーだこーだと頭をひねくり回しながら、実はこういうことだったのだ、と自己の中で辻褄を合わせる解釈してしまうのである。彼らにとって往年の名作漫画とは、一読して面白く、そして読後の頭脳ゲームを楽しめるという一粒で二度美味しい素材なのだ。
 この手のツッこみどころ無数の漫画の好例は、ちょい前に扱った『キン肉マン』だ。この漫画ツッこみどころ無数どころかツッこみどころしかないうっかりするとキャラデザが来週には変わっているという他の漫画ならあり得ない許されない驚愕の破綻を「ゆでだから」の一言のもとに斬り伏せてしまうのだから、ファンも実に鍛(きた)わってる。さらに矛盾を自己解釈して解消することに喜びを感じるファンもいるのだから、どんなにいい加減な事を描いても面白ければ許され、かつ読者が勝手に穴を埋めてくれる。これぞウィンウィンの関係というものだ(似たような関係は『ジョジョの奇妙な冒険』にも見られる)。
 そんな鍛えられたキン肉マニアどもさえも永らく悩ましめてきた問題が、悪魔将軍初登場時のジェロニモ分裂騒動だ。
 ジェロニモが悪魔将軍のダブルアーム・スピンでぶん回される。そのパワーに驚愕するキン肉マンたち! しかしその中には当のぶん回されているはずのジェロニモがいる! あれ!?
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!?
 世のキン肉マニアたちの間では、この謎に対して、あれは“アパッチ”というジェロニモにクリソツな別キャラであるという解答を下している(一応付記。ジェロニモはコミックスの登場人物紹介のページで“アパッチ”と表記されていたことがあるのです)。
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 だが、この回答に筆者は異を唱えたい。ウォーズマンの体内に飛び込んだ超人は銀のマスクに守られたキン肉マンに、超人強度を取り戻せたテリーマン、ロビンマスク、ブロッケンjr.、そしてただの人間だったジェロニモの五人。プラネットマンから解放されたことで超人強度を取り戻した超人が他にいたとは考え難いし、取り戻せなかった超人は生命維持装置の外に出たら死亡するのだから、彼ら以外の超人が後に続いたのは無理がある。ジェロニモが人間であると判明した時のキン肉マンらの驚きようからして、ジェロニモがいかに超例外的だったかを考えれば、“アパッチ”がウォーズマンの体内に突入できる胆力とキン肉マン達と共に五重のリングを登るだけの身体能力を持つ、ジェロニモと同格の人間であるという説もやはり厳しい
 では、一体あのコマをどう説明づければいいのか? 筆者はこう考える。あのコマに存在するのは確かにジェロニモであった。悪魔将軍があまりにも激しくダブルアーム・スピンでぶん回したために、思わずすっぽ抜けちゃったのである。悪魔将軍のパワーに目を奪われていたキン肉マン達が、ぶん回されていたはずのジェロニモが後ろにいるなんて気付く由もない。故にあのジェロニモは驚いているのではなく、命拾いしたことに安堵していたか、それとも状況を理解できずに口を開けていたのだろう。実際ダブルアーム・スピン中の悪魔将軍は竜巻のような描写がされていて、キン肉マンたちは近寄ることすらできない勢いだった。内部で起きた珍事なんて気付く由もないだろう。
 それに気付いたアシュラマンは、全員の目が悪魔将軍に注がれているのをいいことに、素早くジェロニモを悪魔将軍の方へと投げ飛ばした。ザ・ニンジャのテクニックを持つ悪魔将軍ならば、飛んできたジェロニモを再びキャッチして地獄の断頭台につなげるなんて朝飯前だろう。これなら、ジェロニモをぶん回し始めてから全然アシュラマンがカメラに入ってこないことの説明も同時に付いてしまう。我ながらよくできた推論である(ムカつく顔で小鼻を膨らませる)。それにしても、ジェロニモがすっぽ抜けちゃったのに、格好がつかないから空手でグルグル回らざるを得なかった悪魔将軍の心境たるや、察するに余りある
 ……本気で漫画を読んでる割には随分ひねくれたものの見方の話になってしまった。でも、こういうくだらないことを全力出して考えていると、人生退屈をしないで済むんだな
 おっと、だけどこの手の頭脳ゲームをこじらせると自分の解釈=公式見解のように勘違いして、意見の違う相手をムキになって否定し始める、冒頭でクサした「まんが読み」の才能ゼロの輩と大差なく、むしろタチの悪い詭弁家に成り下がる危険性がある。あくまでも読後の頭脳ゲームはデザート、本編に付随するオマケという事実を忘れず、本気になり過ぎず楽しむのがコツだ。ファンであるなら、作品を語るにはマジメな場合でもネタにする場合でも、いやネタにする時こそ愛情を持つべし

テーマ : キン肉マン
ジャンル : アニメ・コミック

好きな漫画#55~キン肉マン超人総選挙2015~

 キン肉マン超人総選挙2015開催中!
 気付いたがトップ画像の他のキャラは全部新規作画なのにベンキマンだけ使い回し! 非道い!(前回29位だったという一点のみでのトップページ入りなのでいるだけマシだと思うが)
 みんな投票するように。よくわかんない人はわかんなくていいからロビンマスクとキン肉マンとガンマンに入れるように
 オレはロビンマスク・ウォーズマンは確定として、ちょっと考えてテリーマンに入れました。スグルとガンマンじゃねえのかよ! と言われそうだけれど、そのお二人は入り切らなかったのでオレ以外の方にお願いしたいのですこの手の人気投票で3人は少な過ぎる。せめて10人ぐらいにしちくれよ。そしたらサンシャインとハラボテ・マッスルにも入れたのに(初期の真弓とのギャグが大好きだった)。
 ロビンマスクはリアルタイムから応援してきた超人ヒーローであり、かつ現在では何をやっても笑える上にカッコイイという奇跡のようなキャラクターに到達しており、マジで最高峰の超人という名誉が相応しいんじゃないかと思えてすらいる。あのバランスは卑怯だ。
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何のセリフも発さず笑いを取れる、こんなこと他に誰ができる。
 

 ウォーズマンは最近プッシュされているけれど、当時の酷過ぎる扱いを思えばようやっと人気と釣り合いが取れてきたか、いやいやまだこんなもんじゃないっすよ。師匠が面白カッコイイならウォーズは純正のカッコよさですな。『ウォーズマン ビギンズ』にて、今の画力でS字立ちするウォーズマンは本当にカッコイイ。時々コンピュータが狂うのはほんのスーチャメ。
 ロボ超人としての哀愁と葛藤、それに矜持を体現する造形も素晴らしい。なかったことにされてるけどおちぶれた『スクラップ三太夫』のバトルマンも結構好きです
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コレも含めたロボット超人という出自の引け目を克服できたからこそ、今のウォーズマンがある…と思いたい。
 

 キン肉マンにも入れたかったんですけどねえ。ブサイクなのにカッコよく見える、こんな主人公ジロン=アモスぐらいしか他に見当たりません。普段はドジでカッコ悪いけど友達と正義のためなら宇宙最強、絵に描いたようなスーパーヒーローを21世紀になってからも貫く、そうそうできるもんじゃありませんて。ガンマンは発言がいちいち面白いのに強い、ただただ強い。美味し過ぎるキャラクターです。ギャップ萌えとさえ言えるかもしれません。

 んで、テリーマンの話。


 実は連載当初だと、見た目も試合運びも派手さに欠けて、あんまり好きな超人ではなかった。あとラクガキ小僧(今もか)にとって描きづらいのも。一番アイドル超人で難しかった覚えがある(ロビンとウォーズは今でもソラで描ける。テリーに次いで難しいのが実はスグル。マユゲのない大きな目、ブタ鼻、タラコ唇をバランスよく配置するのは至難の業)。
 当時でも今でもテリーの魅力はなかなか難しい話題だと思う。ブサメンでドジのキン肉マンにイケメンでカッコつけのテリーという対になるキャラだったのが、イケメンでもカッコよさでもどんどん後続に当てはまるキャラが出てきてるからなぁ(ただ、ロビンみたいな覆面超人を美形と言っていいものだろうか)。二番手、縁の下の力持ちというイメージはⅡ世になってから作者も意図的に定着させてきたものであるし、タッグの名手と言ってもジェロニモとやらかしたのを思うと、実はロビンともネプチューンマンとも合わせられたスグルの方がスゴかったんじゃないだろうか(中でもテリーとの相性が抜群だった)。
 では三票目を入れさせたテリーの魅力とは何なのかを考えると、「優等生の割に怒りっぽい」という性格という結論に行き着いた。
 テリーマンは世間的にはモハン的で正義超人かくあるべしと認識されているし、作中の行動を見てもそうだと思う。狂乱の奇行士だったり元残虐超人だったり元悪魔超人だったりする、ヤンチャな他のアイドル超人に比べて素行はかなり大人しい反則はよくするけど。キン肉マンのブレーキ役としてのⅡ世の言動を見ても奥ゆかしい性格は窺える。
 しかしその一方でテリーは友人への悪口にはめっぽう怒りっぽい。自分の悪口はかまわないが友の侮辱は許さない、コレを地で行くキレやすさだ。それもただの怒りではない。七人の悪魔超人編、魔雲天戦の渾身のブレーンバスターを、アンケートで初めて1位を取った手応えも合わせて名シーンとする人は多いと思うが、筆者はその前、魔雲天の正義超人への侮辱に火を噴くようなナックルパートの連射で逆襲、その目に涙が光るシーンこそ最大のハイライトと呼びたい。怒りと悔しさと悲しみで涙を流すほど激烈な感情の発露には、テリーの魅力に気付いていない当時でさえも胸を打たれた。
 普段は皆が憧れる模範的な優等生なのに、仲間をバカにされた時は誰よりも真っ先に、誰よりも激しくブチ切れる。完璧・無量大数軍編でも、この性格は見事に演出されていた。友に働かれた狼藉に憤り、条約の締結と正義超人代表という体面をかなぐり捨て、「ひとり正義超人軍」として敢然と立ち向かう。この先鋒役が似合う超人、テリーをおいて他にいるまい。マックス・ラジアルに「テリーマンが絶対有利と言われた試合なんて一度もなかった」とボロボロになりながら立ち上がり、後先考えないファイトで勝利をもぎ取るそのテキサス魂に、オレのは震えまくりである。
 よき補佐役でありながら一番槍が似合う、ブレーキ役なのに一番ブレーキが利かない感情家、地味だなんてトンでもない、実は稀有な際立ったキャラクター性なんじゃないかと思うのですよ。それとテリーの技は実行可能なので地味だ地味だと言われているが、テキサスクローバーホールドの難解さは必殺技と言うに相応しく絵になると思うぞ。ウソだと思うんなら手元のアクションフィギュアでやってみい!

テーマ : キン肉マン
ジャンル : アニメ・コミック

好きな漫画#54~リボルミニ・キン肉マンシリーズ大希望~

 リボルミニのキン肉マンシリーズはタッグで出てくるという予想をしていたが、そしたら絶対に外してはいけない人たちがいたのを思い出した!

● 昔とったきねづかコンビ(キン肉真弓&ハラボテ・マッスル)
誰も嬉しくない新規素体!(真弓・委員長は共通。真弓の体毛はプリント) 中年太り体系を見事に再現。腹部は軟質素材なので押したりつまんだりできる
握手用ハンドパーツ、力比べ用ハンドパーツ×2、アイアンクロー用顔パーツ(委員長の差し替え顔パーツに真弓のハンドパーツが一体化している)、豊富なオプションパーツでタザハマさんや中野さん(アニメ版)の血を熱くさせた街頭テレビの死闘を君の手に!(はよやめー!!)
可動範囲のムダな圧倒的改良によりシンプルかつ古典的な超人レスリングを実現。委員長恐怖の殺人キーロックも簡単に再現できる(意外と現行のリボルミニだと難しい)。
・汎用素材としてマントが付属。キューポッシュのレインコートみたいなこういう汎用素材が出るといいな。

 ……会場限定販売でも数量限定販売でも出たら買っちゃうな(絶対出ねぇ)。

テーマ : キン肉マン
ジャンル : アニメ・コミック

好きな漫画#53~リボルミニ・キン肉マンシリーズ大予想~

 続報が無いせいで今後の展開を危ぶまれているリボルミニ・キン肉マンシリーズであるが、ここにこんなに続きを待っている男がいますよ! という猛アプィールと、楽しみにしていますからグフフとそこはかとなくプレッシャーをかける意味で、ラインナップを大予想しちゃう。海洋堂のヒトがこんな辺境ブログを読んでるとも思えないが、オール妄想だからいいのだ。

●アシュラマン
 腕が6本の豪華仕様。阿修羅バスターを始めとした柔軟な動きのために、腕の付け根部分がグルグル回るギミック有。首を回転させれば笑い・冷血・怒りの三面を再現できる(リボルミニはそもそも首を360度回転が可能)。素顔の泣き顔はパーツで用意すると三つ揃えなきゃいけないから大変だ。しかもハンドパーツも三倍用意しないといけないんで、これはヴェノム・スネークのような箱もでっかく豪華仕様でも仕方なかろうて。

○サンシャイン
 旧タイプのゴールドライタンでは股の可動がかなり苦しくなりそうなので、タッグマッチの方で。胴体のしなりは軟質素材でも綺麗にやるのが難しいであろうから、多少不自然でも従来のシリーズのように、胴パーツに胸と腰をかぶせる方式にするしかないと思う。地獄のコマ・ピラミッド・凱旋門も欲しいけど、なんか本体よりデカくなりそうだ。アシュラマンに取り付けられるキャノン・ボール(強力チーム副将に非ず)とキーパーツのボーナスパーツぐらいでガマンしておこう。後はブラックホールのセパレートシャドウみたいに、砂形態から頭が出てるトコとか。地獄のローラーはどうしようねえ。胸パーツそのものを差し替え可能にするか……。
 この人もデカいのでお高くなりそう。

●ネプチューンマン
 顔パーツ差し替えでネプチューンマンと喧嘩男の選択可能。胸の鍵マークを何とか再現したいがどうしたもんであろう。パーツ差し込みで穴を作るのは継ぎ目が気になるし、シールというのはリボルミニのコンセプトと違う気がするし。オマケはソード・デスマッチで使用した剣山板、ソード・ボード。おおそうだ、ネプチューンマンとソード・ボードがないと金髪が覗いたグレートのパーツが活かせないじゃないですか!
 カラーリングはアニメ版の白仮面に緑ジャケットの方が馴染みあるけど、原作の赤仮面赤ジャケットもカッコイイんだなあ。仮面がメタリックレッドだったりすると理想ですね。

○ビッグ・ザ・武道
 ぶっとい体なので素体の再利用が難しそう。付属の竹刀はいいとして、ネプチューン・キングの頭はどうしよう。差し替えは手パーツだけのようだから、剣道仮面と仮面がズレた(ネプチューンマンに喝を入れた時の)バージョンとか? あ、鉄柱(血糊つき)忘れてた!

●ラーメンマン
 “闘”の肩パッドに、顔パーツ差し替えでモンゴルマンとの選択可能。辮髪は軟質素材でぐりぐり形を変えられる。モンゴルマンと体型が違うのは……体型違ったのはスプリングマン戦だけだったので気にしないことにだって明らかにタッグマッチ編の時、ラーメンマンの細い体だったじゃん!

○バッファローマン
 でかい体なので素体の再利用が(以下略)。“猛”の肩パッド、ロングホーンは取り外しできて折れた根本×2、ハリケーン・ヒート用に長いのと、デビルシャーク用の傷だらけで長いのと差し替えができる。顔パーツは額に十字傷のサタンモード邪悪笑顔付属。

●テリーマン
 ボーナスパーツにキン肉マングレート用のタンクトップ。胴体が破れていて、地肌が出たはぐれ悪魔超人コンビ戦のアクシデントを再現できる。顔は叫び顔が是非欲しい。吼えるテリーは絵になるのです。後はテンガロンハットと銃があるとなお嬉しい。

○運命の五王子
 ミキサー大帝出してとかムチャはいいませんから。キン肉マンの素体を使い回せる彼らなら技術的にもアリなんじゃ(ゼブラとか全身タイツなんで脚と手首以外キン肉マンと同じであろう)。ハードルはソルジャーのコスチュームと、体型が違うビッグボディか。ビッグボディで幻の必殺技マッスル・インパクトとメイプルリーフクラッチを再現してみたい。マッスルグランプリ登場時の気合入りまくった「強力! ドラゴン・スリィ―パァ――!」てな発音が無茶苦茶耳に残る。
 ソルジャーのボーナスパーツは、窓から身を乗り出した強盗の上半身。ちょっとしたでっぱりに置くとオシャレ。牧師服も欲しいが流石にそれは高望みし過ぎでしょうな。

テーマ : キン肉マン
ジャンル : アニメ・コミック

好きな漫画#52~リボルミニ・キン肉マンシリーズ~

 幼少期の筆者にとって、オモチャとは「壊れるまで動かすもの」であった。おかげで、当時遊んでいたオモチャで原形を留めていたモノの方が少ない気がする。今でもこの認識は変わっていない。流石に扱いは往時に比べて慎重になった(高いから)し、オモチャそのものの耐久性も上がったので壊れるまで動かすことはないが、飽きるまで動かしまくりたい
 そんな嗜好の持ち主であり、『キン肉マン』のファンでもある筆者にとって、海洋堂から出ているリボルミニのキン肉マンシリーズはまさに天からの授かり物だ「夜の」が付かない大人のオモチャとはこういうものだ(下品)。可動の鬼・山口勝久氏だけあって、カッコいいポーズも複雑な技も決まる決まる。作業が行き詰った時などに、ついつい手に取って遊んでしまう。
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 STFも
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 卍固めもできます。↑の画像にスタンドベースは使っていない。こんな姿勢でも自立させることができる。
 実際にこうしてフィギュアを使って技をかけると、超人たちやプロレスラーの方々がいかに柔軟な体を持っているか、また絵的なウソで騙されているかがよくワカった。例えばパロ・スペシャル。漫画だと相手の足に自分の足を絡めてロックするのだけれど、フィギュアだと相手の腿に足を引っ掛けて跨るのが限界。
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 可動域を誇るリボルミニでも再現できないのを実際にやってしまう人がいるのだから、つくづくスゴイね人体♥って感じだ。
 あとはお遊び。
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「それも養老の滝のだ」
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 リボルテックからのサイズダウンを嘆く向きもあるけど、筆者には場所を取らないし手の平サイズのこの大きさにオモチャ感があってちょうどいい。動かしていてパーツがポロポロ落ちないのもストレスがない(カッコいいポーズにつきものの内股でグワーッと脚を開く体勢はリボルテック泣かせであった)。大きさの割に値段がリボルテックより高く、段々値上がりしているのも原価と海外の人件費の高騰でまあしょーがないかな、と思っている(Figmaとかねんどろいども値段の推移が切ないことになってるしねぇ……)。
 が、リボルテックの頃からの弱点、細かい塗装が荒いのは改善してほしいところ。ウォーズマンの素顔などを見るに、細かい作り込みは得意なようなのだが、キン肉マングレートのタンクトップの肩、ベアクローの黒部分プリントなど、塗装という点になると苦手ぶりが際立ってしまう。
 キャラクターの造形では、フィギュアーツのシリーズの方に軍配が上がる。やっぱりウォーズマンはアニメカラーの方が良いし、リボルミニだと顔がちょっとのっぺりしてしまっている印象がある(大きさと元からのデザインで仕方ない面もあるけど)。んが、全体的に筋肉が細いのと、関節の誤魔化し方(特に肩)のせいで、実際に動かしたときの画を見るとリボルミニと比べて躍動感ではだいぶ劣る。痛し痒し、である。(可動← →造形だとすると、リボルテック――フィギュアーツ――Figmaというのが筆者の印象)。
 フィギュアーツはロビンマスク、ネプチューンマンに続き、悪魔将軍が決定されており、さらにアシュラマンの噂もある。一方リボルミニはキン肉マングレート以降の話がまだない。まー専用シリーズというワケでもないから間が空くのも仕方ないかもしれないが、このまま終わるんぢゃないかと不安になる。というか未だにサイボーグ忍者で紹介が止まってるやる気のないTRPGサイトばりの公式ページはどうかと思う
 それを言ったらキン肉マンシリーズの一発目がスグル、次々弾が超人師弟コンビはまあいいとして、第二弾がブラックホール、限定発売のペンタゴンという四次元殺法コンビだったのもどうなんだろう
 
良い子の諸君!
 出来は物凄く良かったが。ブラックホールは最高峰と言っていい。ペンタゴンもあんなナリをしてナルシスティックなポーズが絵になるニクイ奴である。超人師弟コンビの後がグレートというのもまた通好みだな。一刻も早くマッスル・ドッキングを実現せねば! という意気込みかもしれませんが。
 そういうこだわりなら、第一戦の組み合わせに限らず超人師弟コンビと戦ったヘル・ミッショネルズも出してほしいし、グレートに金髪マスクが付属するならはぐれ悪魔超人コンビを、と続報を期待してしまうのが人情というもの。アシュラマンはリボルテックタケヤの阿修羅の技術があるから実現できそうな気がするけど、なんかまた値上がりしそうだな。相棒のサンシャインもでかいからこれまた値が張りそう。っていうか人型体型じゃないから可動も大変そう。ネプチューンマンならまだしも、ビッグ・ザ・武道も太いしなぁ。せっかくウォーズマンに素顔パーツが付属しているのだから、タッグ編屈指の燃えるシーン、ウォーズマン敗北にロビン怒りのタワーブリッジを再現したいものですが(それまでの経緯は忘れなさい)。
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 書いてて思ったけど、コンビで出していってるスタイルの手前、相方にでかい人が多くて素体を使い回せないのが途切れなくキン肉マンシリーズを出していくのを阻んでいるのかもしれない。バッファローマンもでかいし。ラーメンマンなんて目を閉じればオプションパーツが浮かぶぐらいなのに(“闘”の肩パッド、顔パーツ差し替えでモンゴルマンを再現可能)。いやそんなこといったらキン肉マンの相方中の相方テリーマンはどうなるんだ。あれこそ一番人間に近い体型だから真っ先に出てもよかろうに。ま、まさかグレートで代用してネというわけじゃあるまいな……でも相方が立体化される可能性の低そうなジェロニモだしな……いやグレートだって単発だったからきっと……リボルミニでスピニング・トーホールドとテキサス・クローバー・ホールドを決める日を待っています。Ⅱ世キャラはもっと難しそうだが……ケビンマスクのリボルミニ欲しいなぁ。OLAPなら脚のフックも再現できるのに。
 新製品以外に出してほしいのが既存製品のオプションパーツ。グレートのボーナスでキン肉マン用の牛丼ハンドセットがついてきたのは嬉しかった。スグルは最初でお値段も控えめだけに、平手がなかったり表情が一種類だけだったりとちょっと寂しい(ロビンの手で代用は可能)。ダメージ顔とか叫び顔とかをこの調子で追加していってほしい。コスチューム替えと一緒に出してくれてもいいな。超人オリンピックチャンピオンになってからも金に困っていた気がするけど、しょっちゅうスグルはコスチュームを変えており、それもコミックスのおまけページによると万単位で金がかかってたりする。他に大きい買い物をしていた様子もないし、貧乏はそのせいだろうか。
 リボルミニで遊んでいる人の中には、マッスル・ドッキングはもちろん、超人師弟コンビの幻のタッグ技(タッグフォーメーションAではない)、タワー・オブ・バベルに万太郎&ケビンのNIKU→LAP、果てはどうなってんだかよくワカらないマッスル・キングダムまで再現してしまう御仁もいるとか
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 仰け反りが苦手なのでマッスル・グラビティは流石に再現できていないようだ。それに、人間の筋肉と違って押し付けられると変形したりしないため、狭い隙間に腕や脚を押し込む技が意外と難しい。実在の技でもチキンウィング・フェースロックで顔をホールドした右手と腕をホールドした左手をガッチリ組ませることが私にはできなかった。こういうところでも、人体の不思議さをつくづく実感する。万太郎やネプチューンマンがリボルミニで出る時は、是非とも改良を加えてこれらの技を完全再現できるようにしてもらいたい。なんでシリーズ続けて下さいお願いします
 最後に、購入を考えているけど迷っている方へ、キン肉マンは基本として筆者のオススメはロビンマスク。ブラックホールに次いで出来が良い。キン肉マンよりガッシリした筋肉が、鎧を着ることでさらに一回り大きくなって、余計に映えるのです。ハンドパーツをキン肉マンに流用できるのもセット買いを奨める理由。超人オリンピック第20回大会決勝戦も再現できるしな。遊びまくって頂戴!
 

 付記。同梱してくれるのはありがたいんだけどちょっと困るオマケがこのシリーズにはついてくる。第二弾のブラックホール以後、コーナーポストが付属するようになったのだ。コーナーポスト上からの技や、もたれかかったり頂点に立ったりする(ポストのてっぺんに足を固定できる突起がある)小道具として便利であるが、全部に付いてくるもんだから現在手元には都合5本ものコーナーポストが存在する。普通超人レスリングのリングといえば4本が十分、サタンクロス戦の魔法陣リングで6本(現実にも六角形のリングは存在する)をやっとフルに使えるのだから、そんなに増やされても困るのだが。ロープ部分の出っ張りのせいで案外収納に手間取ることもあり、時々このコーナーポストの山を前に途方に暮れたりする。
 こうなったらコーナーポストを利用したリボルミニ用リング台座(四隅にコーナーポストを立てられる突起あり、ロープ用のビニールチューブ付属)を発売してほしいものだが、やっぱり難しいですかねえ。

テーマ : キン肉マン
ジャンル : アニメ・コミック

好きな漫画#51~極私的メシ漫画~

 筆者は『美味しんぼ』ブームをリアルタイムで体験した。グルメブームの勃興期と言えようか。あの頃『美味しんぼ』は「これぞ料理漫画」という扱いであったし、アニメをテレビで見てもいた。アニメ=子供向けの印象が拭えなかったあの時期に、到底子供向けとは言えないあの作品をアニメ化したのは英断であり、またそれに踏み切らせるだけの人気があったのだろう(山岡士郎が井上和彦さんだったな)。今思うと「うるせい、食いもんぐらい勝手に食わせろ!」とバカ舌でマナー知らず故の反発を覚えるが、当時はそこそこマジメに読んでいたものだ。ラーメンライスとか貧乏メシとか、どっちかてーと主題から外れた「汚い食い方」の小市民的な話の方が筆者には親近感が持てたな。
 そうして時は過ぎ、いつの間にか『美味しんぼ』は料理漫画の中心から去っていた。雄山との和解があって丸く収まった、と思っていたらの続編アナウンスに筆者は( ・ω・)? だったのだが、何だか妙に思想がかった内容にはますます(;´・ω・)??? であった。思想がかっていたのは前々からだったようだけれど、それがこれほど全面的に押し出されるようになったのは今まで無かったような。
 ただ、この変化も時勢を考えるとなんとなくワカるような気がする。
 インターネットはテレビとか新聞とかレコード会社とかいろんなものを壊したと言われているが、あんまり耳にしない壊したものとして、筆者は「薀蓄もの」が挙げられると思っている。
 きょうび小学生だってスマートフォンを持っていればアダルトサイトを覗けるご時世だ。真偽は別としても、探して出てこない情報はほとんどない、と言ってもいいだろう。アマチュア未満のド素人だって、格好だけならプロを気取れるぐらいの知識は集められる。そういう時代に知識量で耳目を集める「薀蓄もの」というのは非常にやりづらい。自分の正しさを証明するために他人のアラ探しに血道を上げる、実に面倒くさい人種を引き付けやすいカテゴリである。迂闊なことを書いて間違えようものなら瞬時に槍玉にしたスレが立ち、公式ツイッターは大炎上だ
 最早知識量をウリにできないとあらば、「薀蓄もの」の行く先は、政治であるとか思想であるとか宗教であるとか主題がもう薀蓄以外となるか(料理漫画でいうと『美味しんぼ』)、薀蓄がどうこうではない、いや薀蓄なんてどーでもいいブッ飛んだファンタジー路線に踏み込むか(料理漫画でいうと『鉄鍋のジャン!』『中華一番!』)、どっちみち薀蓄は棚に上げて、別の段階へと局地化、俗な言い方をするとネタ化していくしかないような気がするのだ(ファンタジー路線はネットが発達する前からだけど、今読んでも結構面白いのは薀蓄を超えたこういう側面があるからじゃないかと思う)。
 その一方で脚光を浴びているのが『孤独のグルメ』のような、極私論的な内容。こういう「ただ飯を食っているだけ」の漫画がヒットしているのは、薀蓄料理漫画が衰退していっているのと対照的だ。


 この種のスケッチ風漫画には、知識も啓蒙も求められていない。登場人物が飯を食い、そこで思ったことを眺めて共感できれば、それで役割は果たしている。何かというと「正しい」「正しくない」の四角四面な二元論にもっていきたがる現代において、この寛容さと近視眼的視野は心強くも頼もしい。食への興味は万人が持っていることであるし、そこで語られているのはあくまでも「感想」。誰にも門戸は開かれ得る世界だ。知識が共有されるあまり氾濫しつつある今、この閉じた感覚がかえってウケているのではないかな。なんせ
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 と本人が納得しちゃってるもんだからケチもつけづらい。他人を味覚障害(イヤな言葉だねぇ)呼ばわりする口うるさい自称食通どもも、ツッコむのは無粋と認識するのもやぶさかではなかろうて。知識という客観的判断を下せる題材ならともかく、主観的な感性には、それは違うだろうと思っても結局個人差なのだから、口を挟み難いものだ。考えてみると『美味しんぼ』で筆者の好きなラーメンライス回も薀蓄ではなく「ラーメンはこうして食え」という極私的内容であったナ。アレを見てからラーメンを食う時は付け合わせの海苔でご飯を巻くようになった。邪道と言われてもいい、俺は好きなんだ。
 あと、普通の料理漫画と比べて取材費が少なくて済む、というところも隆盛の要因であるとか。世知辛いなぁ(´・ω・`)
 ……とはいえ、大事なことは「メシが美味そうに見えるか」。これは料理漫画としての命題故、いくら極私的なメシ漫画であったとしてもクリアしていなければ読者から賛同を勝ち取ることはできまい。
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 だろうと、食ってるメシが美味そうに見えなきゃ全然説得力ないもの。そこんところで『孤独のグルメ』の試合巧者ぶりが際立っている。紹介されていたトンカツ屋に行ってみたけど確かに美味かった。特に同店で食えるにんにくはさみ揚げはヤバイ。あれは絶対常習性がある。日本政府がマトモな法治意識を維持しているならば、危険ドラッグに次いで規制されるのはハッピーターンの粉、そしてあの店のにんにくはさみ揚げであろう。思えば『美味しんぼ』のトンカツ大王の話も良かった。『食の軍師』のトンカツ回もいい(醤油をかけるのだけは同意できんが)。個人的に料理漫画でトンカツ回ははずれが少ないと思うんですけどどうでしょう。
 この極私的メシ漫画の火付け役は例に挙げた『孤独のグルメ』や『食の軍師』の原作者、久住昌之氏であろうと知人氏は仰っていた。それに筆者としては源流のひとつとして椎名誠さんの『全日本食えばわかる図鑑』を加えたい。グルメ嫌いを公言する椎名さんだけに、材料があーだとか調理法がこーだとかいう七面倒くさい料理談義はおいといて、「あの時食ったアレはうまかった、あの店で食ったソレは許せねえ、あの素材はこうして食うと断じてうまい!」という語り口の姿勢には、実にこの極私的メシ漫画に相通ずるものがある。極私的だけに、試してみたら「うーん?」なモノもあるんだが、そこは極私的なんだから仕方ねぇ(簡単トマトソースボンゴレ風はなかなか評判がよかった。白菜のウドンもどきナベはうまくいかなかったです)。

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

好きな漫画#50~あしたのジョーの方程式~

 島本和彦先生と言えば熱血漫画の第一人者であると共に、漫画読みとしての資質も超一流である。その才はラジオやインタビュー、シマモト流解釈を加えたパロディ同人誌などで遺憾なく発揮されているのは、周知の通り。中でも先生の作風と水と油とさえ言える『機動戦士ガンダムSEED』のパロディ漫画と、水を得た魚と言うべき相性の『ロッキー・ザ・ファイナル』、ラジオで勝手に妄想してた回は爆笑したっけな
 そして本書は、書籍まるまる一冊を使って、それも先生のマスターピースのひとつ『あしたのジョー』を取り扱っている、となれば、これはもう熱量が違うのだ(しかも相方はかつて熱血漫画を担当編集したササキバラ・ゴウ氏だ!)。

 あしたのジョーの方程式

あしたのジョーの方程式あしたのジョーの方程式
(2006/09/14)
島本 和彦

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 『あしたのジョー』というのは押しも押されぬ名作であるし、語られることも多い。が、語られてはいてもなんか語れない漫画だと思う。まっしろになって微笑むラストのジョーを筆頭に、「なんとなくはワカるんだけどうまく説明できない」事柄が多いのだ。「なぜジョーと力石はお互いにあんなにこだわったのか」「なぜジョーは力石に勝てないのか」「カーロス戦後のジョーは何のために戦ったのか」……エトセトラ。読者という立場からすると、それ以外にない展開と肌で納得してはいても、客観的な立場で考えると、実にジョーの行動には矛盾と疑問がつきまとうのだ
 本書の白眉たるところは、タイトルに冠された“あした”という単語に焦点を当てて突き詰めていくと、全て納得のいく話になるという分析。ここでいう“あした”とは「努力すれば手が届くところにある何か」を指しており、例えば少年院で力石にぶちのめされたジョーにとって、力石とはボクシングで強くなればぶちのめせるかもしれない、いやぶちのめして俺が上だと証明しなければならない「あした」である。しかし、力石にとってジョーの「あした」とは現時点での自分、すなわち「今日」でしかない。ジョーに追いつかれないためにも、力石も「あした」を求めて歩み始める。ここに「あした」を目指す者同士の相互関係が生まれ、ふたりは倶に天を戴かんとする死闘へと身を投じていくのである
 ただ漠然とした判断基準しかなかったジョーにとって、力石とは明確な「越えなくてはならない壁」という価値観を与えた男であり、故に絶対に戦いを挑まねばならない(というか、多分それ以外に目的がない)。しかし力石が「あした」であるなら、それに追い付いた時は「今日」になるのだから、物語は、いやさ『あしたのジョー』という作品のテーマは死んでしまう。だからジョーは力石に決して勝てない、勝ってはいけないのだ
 一方で力石の「あした」とはジョーを倒すことではなく、白木葉子のもとでボクシング界で成功するというもうひとつの価値観がその先にある。そこに向かうためにも、ジョーを倒し、自分が手の届かない存在であることをはっきり知らしめておかなくてはならない。さもなくば、一生追いかけてくるジョーの影に背中を脅かされ続けることになってしまう。だからこそ力石も、絶対にジョーに負けるわけにはいかない。さらに力石の中にもジョーに似た少年院流の血が流れているから、無茶な減量をしてでも決着をつけたいという、奇妙な友情にも似た強固なつながりが存在しうるのである。
 ……という具合に、この理屈は『あしたのジョー』というタイトルにかかって呑み込みやすく、かつ本当に後々のシーンまで読み解け、かつ新たな価値まで付与してくるからスゴイ。再確認したはずの自分の「あした」を、自らの手で壊してしまったジョーは、戻ってきたリング上で嘔吐するという丹波文七の脱糞ばりの醜態を演じるのもそれは当然いやさ必然。「あした」と思って挑んだはずの場所に、実は何にもない、敵をスパイするような腐った奴らしかいなかったのだから。ササキバラ氏の「ちゃんとしたもの食わないから、おなかを壊したんですね」というゲンが島本先生よりシマモト流ですごく好き。やっぱ波長合うんですね。世間一般では蛇足とされるハリマオ戦まで意味深いように思えてくるから不思議だ(ハリマオが相手なら、力石やカーロスを壊した時のような心配をしなくてもいいし、友情も生まれないからただただ殴り合える、なんであの時のジョーは楽しそう)。
 「あした」に辿り着いた時は「今日」なのだから、ジョーが「あした」を手にするのは物語が終わる時。だからジョーは自分にとっての「あした」である力石にも勝てなければ、カーロス・リベラにも勝てない。そして物語の終焉で、ジョーはチャンピオンのホセ・メンドーサにも勝てなかったが、チャンピオンとは違う、力石やカーロスと培ってきた血まみれの生き様の正しさを証明したという「あした」に辿り着き、微笑んで去っていくのである。「『あしたのジョー』とは敗北の物語である。重要なライバルを相手にした時は勝てない」という持論の島本先生ならではの解釈だ。
 人がジョーに憧れるのは、意地悪な見方をするとこの「負けの美学」にあるのかもしれない。決して勝てないジョーのキャラクターは、試合の上では負けてもいいから、自分の信念を貫けばいいんだ! という後ろ向きな安心感を与えてくれるワケだ。とは言え相手を壊して自分も壊れてでも信念を貫くぐらいの覚悟がなければジョーにはなれないし、大抵は信念を貫けずただ負け犬になるだけなんですけどね! それに島本先生だって、ホセ・メンドーサのようなボクシングのキャリアを積み、家族と健康を大事にする、実に正しい「あした」を肯定してるんだから、そっちだって現実には恥じることはない! というかその方がいい。
 ホセ・メンドーサがあれだけ狂乱したのは、そんな自分の「あした」をジョーが破壊しにくる、しかもそいつはパンチドランカー覚悟で我流を貫こうとするまったく別種の「あした」に向かって襲ってくる男だったから。ボクシングにそこまでの価値を見いだせない(家族や健康を犠牲にしてまでやろうとは思わない)ホセは、一度ボクシングを捨てて、反則をしてでもジョーを拒絶するのだ。君が思っている「あした」は違うんだ、なぜ私の「あした」を壊しにくるんだ、しかも自分で欲しくもないのに来るなよ! と。ここ、島本先生は笑って話しておられたけど、確かに襲いにくる奴って、標的が欲しいものを持ってるから襲ってくるんだよなぁ普通は。堅実で現実路線のホセと、破滅型のジョーとの隔絶が浮き彫りになる名シーンでもあったのか。
 あと、強くてチャンピオンでマイホームパパのホセと並んでみると、ジョーの超破滅型主人公の体質がくっきりはっきりしますね。星飛雄馬も破滅型だが、一応巨人の星を目指すという目的はあったから。栄光でも報復でも憎悪でもなく、ただ自分の正しさを証明するためだけに、壊れることを厭わず相手をぶっ壊しにかかる、こいつは怖い。怖過ぎます。こんな奴ボクシング以外をやっちゃあいけません。いやボクシングでさえ最終的に相手をぶっ壊して自分もぶっ壊れちゃうし。
 本書のいいところは、漫画評論ではなく、あくまでも「こんな見方もできるよ、そうすると面白いよ!」という提言であること。その手の論客にありがちな押しつけがましさ・衒学臭さがなく、難しい言葉を一切使わずにまんが好き同士が喫茶店とか飲み屋で盛り上がってるような雰囲気で、楽しく読めちゃうところは島本先生とサカキバラ氏のトーク力のなせる技。ホントーにお二人とも生粋のまんが人(びと)なんだなあ、と思い知る。
 見どころは島本先生の熱気に当てられてか、ササキバラ氏もヒートアップしていき、むしろ終盤は氏が先生に迫らんという勢いでほぼ1ページ使って力説しておられる箇所。ここでササキバラ氏が語っている熱血漫画論は、世で熱血とされるものに出会っても「何かが足りない!」という物足りなさを、全て説明付けてくれた。今の御時世「死んでもやれ!」とは言えない(だってホントに死んじゃうから)し、ギャグやパロディにしかならないが、本心は「死んでもやる」のが好きだ。そういう人が描く作品には、パロディの中の本気が顕現するもの! 死ぬとわかっていながら、本気である限りもはやギャグにしかならない、そういう矛盾を抱えたまま本気で突き進む、そんなこともわかってないのに表面だけの熱血を描くんじゃねえ! という叫びには、思わずよくぞ言ってくれたぁ! とスパーンと膝を叩いた。熱血漫画家と直に接してきた編集者の言う事は違います!(巻末漫画の島本先生の「ううっ 今 俺はジョーになっている ジョーの気持ちがわかるぞ!! 実際にそんな人はいない 架空のキャラクターだが! 気持ちがわかっちゃうんだからもうどうしようがないっ」という発言も、実に(・∀・)イイ!!)
 ジョー一本でこれだけ語れるのだから、『巨人の星の方程式』とかついつい欲をかいて続編を望んでしまうのが読者のサガであるが、これ出たのはもう9年前。それから続発がないのですから、本業の漫画の合間を縫ってこうした本を出すのがいかに大変かしのばれる。いやしかし「子供の時は気付けなかったアレコレ」を教えてくれる本書のようなスタイルは、是非是非後を継ぐ人が出てくるべきだと思います。深読みしてぇーっ!

テーマ : あしたのジョー
ジャンル : アニメ・コミック

好きな漫画#49~バンパイヤ~

 高円寺で合同古本市が時々やっている。
 メインはいかにも古めかしい書籍なんで頻繁には利用しないけど、娯楽小説や漫画が店先にドカッとまとめて置かれていて掘り出し物があったりする。この間も『ブラック・ジャック』の豪華版が一冊100円で売っててうれションを我慢しつつ買いあさりました。
 んでそれと一緒に買ってきた漫画。

 バンパイヤ

バンパイヤ(1) (手塚治虫漫画全集 (142))バンパイヤ(1) (手塚治虫漫画全集 (142))
(1979/03/30)
手塚 治虫

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 中学校? ぐらいの時地元の本屋で見た秋田文庫は、地底でロックにバンパイヤが襲いかかってるところで終わっていた。さてあの続きどうなってんのかなぁ、と思って読破したところそんなシーンは微塵もなかった(地底はあったが襲われたのは手塚先生だ)。はて? と思って調べてみたところ、昔読んだのはテレビドラマとのタイアップで始まった第二部であり、未完に終わっていたらしい。なるへそ。
 こんなことも教えてくれるんだからネットって便利だな。下手をしたらこのことがずっと気にかかって、人生最期の言葉が「ところで『バンパイヤ』のロックって地底で襲われた後どうなんの?」で終わるところだったかもしれない
 タイトルのバンパイヤとは獣に変身するミュータントのことで、吸血鬼ではない。吸血鬼モノを期待する人は『ドン・ドラキュラ』を読むよろし。なんですか? 手塚御大が手がけた立派な吸血鬼漫画じゃないですか。なにが不満とゆうのですか(半ギレ)。
 もっとも作品の主題は「人間と獣の境目」であり、変身人間という設定自体が物語中でギミックとしてそこまで機能してるワケでもないのですが。主人公のトッペイ君に強烈な主張があったのでもなし、「獣に変身している途中のバンパイヤにやられる」というオチもなかったし。力点が置かれているのはあくまでも規則やエチケットに縛られた現代社会、いつか獣になりたいと願う人間が現れるぞ、という発生原因なんであります。
 むしろ作品で語るべきはロック=間久部緑郎の大ブレイクかと。登場以後あんまり人気がなかったロックが本作を皮切りにギャルからの熱烈な支持を受けたとか。しかし学校の机に放尿したり悪事の最中にこんな顔をする野郎を好きになるもんなんですかね。女性ファンの心境はいっちょんわからん。
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山崎努の顔マネをしているのではない
 にしても中性的な顔立ちの美形、良心の呵責なんぞ微塵も感じず、顔色ひとつ変えず…もとい喜色満面に悪事をやってのける、このロックはまさに悪のカリスマ。怪奇漫画というよりピカレスクものと言って差し支えないノールールっぷりです。確かに女性に限らず人を熱狂させるもんがあるのは認めますが、筆者はトントン拍子に計画が進むことへのハシャギっぷりにやりすぎ感を覚えてちょっとついていけない。恐らく先生も悪のミュージカルシーンはノリノリで描いたんだろうなぁ。『火の鳥』未来編ぐらい冷笑的な落ち着きがあった方が好みなんですが。そーいやー未来編といい筆者が初めてロックを見た『ロック冒険記』といいどいつもこいつもトラウマッシュな内容だな。
 無論この大ハシャギが最終回の破滅に
           ____
  .ni 7      /ノ   ヽ\  ご冥福をお祈りします
l^l | | l ,/)   / /゚ヽ  /゚ヾ\      .n
', U ! レ' / /   ⌒   ⌒  \   l^l.| | /)
/    〈 |  (____人__)  |   | U レ'//)
     ヽ\    |lr┬-l|   /  ノ    /
 /´ ̄ ̄ノ    ゙=ニ二"   \rニ     |
                      `ヽ   l
 と言わんばかりの大輪の花を咲かせるのですが。
 『バンパイヤ』最大の見所はやはりロック、彼の最期。トッペイらの奮戦であらゆる計画が崩壊し、逃走中に自分の手をかけた死者の幻覚を見て完全に発狂する。この時の狂いっぷり、ルリ子が出てきた時の表情が絶品。
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 一時期世間にさんざんコケにされた漫画漫画しい絵で、よくぞこれほどの狂人の顔を描けたものです。誰が見ても、一目で狂ってるとワカる、これぞ漫画の神様の筆致也。
 獣への変身願望から生まれたのがバンパイヤなのに、作中最もケダモノじみているのが人間のロック、それに立ち向かい人間社会を守ろうとするのがバンパイヤのトッペイという構造はなんとも皮肉なもんです。こういった倫理性に踏み込む手塚先生のストーリーテラーとしての手法は21世紀を迎えてなお右に出る者がないな。
 バンパイヤ対人間の構図の話ならこれも触れずにおくまい、人間側代表で戦いを挑むのは誰であろう、手塚治虫その人なのである。そもそものキッカケが虫プロに訪れたトッペイで、作者の手塚先生が登場人物としてロックに殺されそうになるわバンパイヤに捕われるわバンパイヤ撲滅薬を作り出すわと大活劇を繰り広げる。物語の始まりといい、バンパイヤの存在を知らしめるのが虫プロ制作の映画といい、ちょっと楽屋オチっぽいところも楽しみのひとつ。漫画家兼アニメ会社社長という稀有な肩書きだけにできる離れ業です。
 バンパイヤ側代表の岩根山ルリ子ジロン・アモス的な輪郭なのに美人さんという味のあるキャラ造形。好きだ。ロックとのロマンスはもうちょい時間をかけて描いて欲しかった。『ブラック・ジャック』の『U-18は知っていた』にワットマン博士として出てましたね。
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 手塚作品のテーマ、「人間とは何か?」という疑問に変身生物を絡め、ロックの黒い栄光と破局を奏でながら、手塚先生自らを登場させる見所・遊び心満載の物語となっております。また手塚先生の中でも屈指の蛮性、獣性(文字通り)全開放の漫画なので、サブカル野郎を自認するなら一読しておくべし。君もロック=ホーム→間久部緑郎の転機を見届けよ!

テーマ : 手塚治虫
ジャンル : アニメ・コミック

好きな漫画#48~超像全展行ってきた~

 夏の終わりに超像全展に行ってきました。
 1Fの止まったエスカレーターを徒歩で移動下りエスカレーターがない2Fのジブリコーナーでトトロをモフり放題と魅惑空間のコトブキヤ秋葉原館5Fにて、『超像』&『ディ・モールト・ベネ』シリーズがズラリ。中には発売予定のサンプルも展示されておりましたぞ。
 あの荒木デザインを立体で見られるのはなかなかに刺激的体験。金がないのに欲しくなって困ります。今となっては入手困難なものも多いだけに尚更。ボス&キンクリは確定しているそうですが、この調子で継続して欲しい企画です。プッチ&ホワイトスネイク、ジョニィ&タスクAct4、ジャイロ、あたりが出るといいなぁ。
 写真撮影可だったので、バシバシ撮ってきましたよ。

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テーマ : フィギュア
ジャンル : アニメ・コミック

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R&RにてパスファインダーRPGのサポート記事を担当させていただいております。

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