読んだ本#44~透明人間の告白~

 かつて本書が翻訳刊行された当初、本の雑誌の目黒考二さんは「十年に一度の面白本」とタイコ判を押しており、椎名誠さんも大いに頷いておられた。そして時は流れ“本の雑誌が選ぶ30年間のベスト30”にて本書は再びベスト1に輝くというマシンロボクロノスの大逆襲を見事果たしたのであった。
 新潮社からハードカバー版が最初に出たのは1988年。もうじき本当に30年が過ぎ去ろうとしているが、確かに30年経っても読むに耐える傑作でありますよ。

 透明人間の告白
 

 誰もが抱くであろうたわいない空想、「もしも空が飛べたら」「もしも大金が手に入ったら」そんな夢想シリーズの定番の一つに間違いなく「もしも透明人間になれたら」は含まれるであろう。ウェルズ先生の小説や映画の包帯男を紐解くまでもなく、透明であることのアドバンテージと人々が抱く憧れは想像に難くない。TRPGユーザならインヴィジビリティやインヴィジビル・ストーカーの脅威を思い浮かべてもらえれば速やかに理解してもらえるであろう。3eの説明文を読んで、「吊り橋の縄を切るのは攻撃ではないのでインヴィジビリティの呪文は解けない」とかなんて酷いことを考えるんだこの野郎はなどと震え上がったもんですたい。
 が、一時的に透明になるだけならともかく、ずっと透明であるパーマネンシィを使ったインプルーヴド・インヴィジビリティみたいなもんやね)場合、果たしてその人間が享受できるのはアドバンテージだけだろうか? 透明人間は場合によっては体のみが透明で、服を着ると宙に浮いているように見えてしまうため、透明の利点を活かすためには全裸でないといけないとかセクハラ案件もある。真冬とかだったらそれだけでもう透明の利点は死んだも同然。そうでなくとも、例えば透明人間がメシを食った場合、それらの食物は一体ハタからどう見えるのか? 透明なまんまの人間は日常生活に適合できるのか?
 こういう、「なったはいいが次々に浮かび上がる素朴な疑問」にいちいち応えてくれるのが本書の傑作たるゆえんだろう。前述の目黒さんは「透明人間の暮らしの手帳」と形容したそうだが、まったくウマい例えをしてくれるものです。主人公のニック=ハロウェイはかなりマッドな科学者の起こした事故に巻き込まれて透明人間になってしまう(余談だがこの事故を引き起こした若僧と、スクープを優先してニックを探しもしやがらない女記者を見ると「やっぱ学生運動とマスコミってクソだわ」と思える)のだが、この時身に着けていた衣服、事故の現場である施設とその一帯に存在していた机やカーテン、タオルや歯ブラシなどの日用品ごと透明になってしまう。透明であるために全裸にならねばならない恐れはないわけだが、実はそれより遥かに恐ろしい現実にニックはすぐに直面する。ミソは「身に着けていたもの」まで透明になったということ。即ち、メモを取ろうとしても、手帳に書いてあることは透明なんだから読むことが出来ず、ペンで書こうと見ることもできないのだ。D&Dのインヴィビリティは他人の目からは透明になっているからまだいいが、自分の目からも見えないということはおっそろしい窮地に立たされることでもあるのだ、とここが筆者最大の驚愕のポイント出会った。これぞ目ウロコ本(目から鱗がバラバラと落ちるような本のこと)。
 襲いかかる現実はそれだけではない。メモを取ることができないのはもちろん、例えばアドレス帳から友人に助けを求めようとしても、そこに書いてある番号が見えないのだから電話は全て記憶力でかけなくてはならない。サイフから札を取り出そうとしてもどれが何ドル札なのか区別できない。そもそも透明な人間がどうやって買い物をすればいい? さらに透明な人間が街を出歩くことが、いかなるリスクを生むか、ニックは身をもって体験することになる。横断歩道を渡る時は細心の注意を要求される。ドライバーからすれば、無人の道路なのだからスピードを緩める気など起きるはずもないのだ。雨の日は自分の身体が雨に濡れるところだけが浮かび上がり、好奇心に誘われた子供に追い回される。そして、石を投げつけられケガをしたところで、その度合いを調べるには自分の手さぐりに頼るしかない。医者に行こうにも、見えない傷をどう治療してもらう?
 もう一点、ニックが頭を大いに悩まされる問題がある。透明人間が食事をした場合、完全に血と肉、それに排泄物になるまでの過程、咀嚼され、喉を通り、胃で消化され……という人体のメカニズムがばっちり外から観察できてしまうのだ。このグロ画像を人目から隠すため、ニックは食べ物を極力選び、消化されない恐れがあるものは徹底的に避け、そして食事にありつくときは人のいない場所と時間を選ばざるを得なくなる。理由は後述するが、透明になったニックは自分のヤサに居つくことが出来ず、各地を転々としなければならないので、メシはどこぞに忍び込んで失敬するしかないのである。
 透明人間になれたら……とは、前述の通り誰もが夢見る望みであるが、こうしてみるとそんなに良い事ばかりではないと気付かされる。少なくとも「一時的に」かつ「他人の目からのみ透明に見える」この二点が満たされていない限り、理想の透明人間とは言えそうにない。第一、透明であるというメリットの筈の特徴も、ぶつかったりしたら何か変なモノがあるとバレるんだから、こっちから接触は極力控えなければならない。つまり存在が見えないのに存在を消さなきゃいけないので、むしろデメリットなのだ。また普通の品物、例えばメモ帳とペンなら普通に書きつけ見られるものの、宙に浮いたメモ帳にこれまた宙に浮いたペンがサラサラと書きつける、非常に奇妙な絵面が展開される。消えているはずの存在が、より鮮明に存在を主張し始めやがるのだ。こっそり宝石店に入り込んで宝石を失敬するなんて、こう考えると出来やしないとすぐに気づかされる。
 人間共通の願望でありながら、実現した場合は決して望み通りにならない、この鋭い観察力と発想はまさにコペルニクス的転回。クラシックかつ先人が強烈なイメージを植え付けた透明人間という題材を扱いながら、活字狂のお二人を耽溺せしめたのも納得である。モノが透明人間だけにまさに盲点、死角からの一撃であった。透明人間だけに(ちょっとウマいこと言ったつもりのムカつく顔)。四年がかりで取り組んだ労力は十分に報われたと言えよう。余談ながら本書以降作者のセイントは作品を発表しなかったそうだ。
 ニックは透明になったのを知られたが故に、情報機関に追い回されるハメになる。アパートをおん出されたニックは空きアパートや馴染みのクラブを転々として満足に食事や睡眠も取れない状況に陥る。買い物も満足にできない人間はどうやって生活を維持していけばいいのか? この難題をニックは証券アナリストの経験(序盤で出てきたこの設定は伏線なので覚えておくといいだろう)とニューヨークの不動産の利用状況を分析することで乗り越えていく、この対処法もリアリティに厚みを持たせているのだが、なんといってもニック最大の強みは超ポジティブ思考。どんな苦境にあろうと「大切なのは動きつづけることだ」と前進を絶対にやめない。この身の回りなんもかんもが透明になるという惨事に巻き込まれようと、決してへこたれず諦めずのドッ根性があるからこそ、最終的に情報機関をヘコませ自由を勝ち取ることができたのだろう。やはり人間飛ぶか留まるか迷ったら飛ぶしかないんである。
 ニックの状況が大いに好転するには好奇心旺盛な女性・アリスとの出会いがあり、協力者を得るとこうも透明人間であろうと日常生活を送るのは容易になるのか! とニックともども読者も目が覚める思いであるが、そのきっかけが下半身というのは何とも海外小説らしいというかなんというか。まあ金輪際他人との肉体的接触なんて自分にはあり得ないだろうと絶望していただけに、そういう欲求が湧くもの致し方なし、という気もしないでもないのだが、やはり社会戦で抹殺されかかっている時に頼れるのはビジネス仲間よりも関係:肉体スートということか!? そういえば透明であることを活用できた数少ない場面は情報機関からの脱走はもちろんであるが、セクハラもそうであった。こうして考えてみると、透明人間になってやってみたいことで十中八九思い浮かべるであろう覗き趣味というのは万国共通なんだなと安心させられる。解説だとアリスとの出会いがもっと早い方が良かったという指摘があるが、確かにアリスという協力者を得たニックがハロウィン・パーティやスキー場を大いに楽しむ解放感はしみじみと読んでる方にも喜びを伝えてくれ、もっとこういう日々も見てみたかった気もする、とフォローは入れておこう。
 情報機関との丁々発止は本書の見所のひとつながら、セキュリティや監視体制が向上した現代では流石に通用しないだろう(空アパートを転々としたり、クラブの鍵を漁ったりするシーンは良くも悪くもまだのどかな時代)。ここんところは古さを否めないが、逆に現代版の『透明人間の告白』が執筆されたとしたらどうなるのか、気になる。スマホがあれば大抵のことができちゃう現代なら生きていくこと自体は難しくないかもしれないが、市井の人間だろうと住所特定されたりする監視社会だと、宙に浮いてるスマホとか即行で拡散されそうだな。
 ちなみに、読んでいて感じたが椎名さんの執筆するサバイバル小説や超常小説、『走る男』、『デルメルゲゾン』はこれに相当影響されていると感じた。次から次へと襲い来るトラブルに細やかに対処していく解決策の提示、また何か一つが狂ったらその世界はどんなことになるか、そうした疑問にひとつひとつ応えていく丁寧な姿勢は、まさに本書で提示されていた面白さ。後の基盤になったと考えてもおかしくありますまい。
 
 ニックの披露してくれたサバイバル術(実際に顔を合わせずに講座を開く方法、電話のみで株を売買する方法など)は役に立ちそうであるが犯罪者でもそうそう役に立てられそうにない、それこそ透明になった人間でもなきゃ意味がないのが残念な限りである。D&Dで「自分の目にも映らないインヴィビジビリティ状態になる呪い」とか出してみようか。うーむ、自分にとっても他人にとっても恐ろしい呪いだな。
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読んだ本#43~ゴールデン・マン~

 今回もディック先生の短編集。
 純正のファンタジーも含むバラエティ豊かな話ですが、それだけに面白さもマチマチであります。まっ、面白い話はムチャクチャ面白いので十分読んで損なし。

 ゴールデン・マン

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読んだ本#42~小さな黒い箱~

 ディック先生のこのシリーズは例外なく面白いなあ。

 小さな黒い箱

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TRPGこぼれ話#254~訳語のもんだいいろいろ~

 界隈で散々ネタにされているんで今更触れることでもないが、洋楽のアルバムが詰め込まれている棚を見て素直に感じたことを書く。
 往年の洋楽アルバムの邦訳ってほんとにだせえな。
 『A Hard Day's Night』がどうして『ビートルズがやって来る ヤァ! ヤァ! ヤァ!』になるんだ。当時の業界の世相を顧みるに、恐らく命名者はお薬をヤッていたに違いない。え、噂によると名付け親は水野晴郎先生ですって? いや、その、何でもないっす。お願いですからシベリア送り超特急はカンベンして下さい。
 橘高文彦さんやナカジマノブさんもオススメ、「バカだも~ん」こと『Bark at the moon』が『月に吠える』だったのも、なかなかのズッコケであった。『月に吠える』というタイトルそのものに文句はないし、語感は非常に美しい。が、しかし、何故よりにもよってオジーのアルバムの邦訳に萩原朔太郎を引っ張ってくるのだ。ブラック菩薩が純情小曲集になってしまったではないか。
 ピンクフロイドの『吹けよ風、呼べよ嵐』はイイ。ださいかそうでないかだとださいが、ウォーの『世界はゲットーだ!』も捨て難いなぁ。
 洋楽に限らず、洋画のタイトルを邦訳すると、妙に“愛”という単語が連発されるこっぱずかしい現象がある。これは、カップルに金を落とさせるためという話。金を払って映画館に通ってくれるのは今やカップルが中心で、そういう層には“愛”という文句が実に効果的なんだとか。つまり内容を伝えるよりイチャつく場所としての広告効果を期待してってことですけ。タハー
 でも洋楽は洋楽で内容を訳すとすっげえくだらないことを語ってたりするので、これはこれでどっちもどっちなのかもしれない。使用言語が違う我々には聞いても伝わってこないけれど。洋楽・洋画・洋ゲー、舶来モンは全部良し、和製は全部ダメ! という洋モノ信仰って、違う言語や文化=よくわからない、よくわからないからカッコいい気がするというしょーもないマヤカシが根底で働いてるのかもしれない(「よくわからないものをカッコイイと言える俺カッコイイ!」てな自己陶酔は言うに及ばずね)。
 往年のSF邦題はヒネってかつ美しいものが多く、この辺センスが先鋭化されていた時代っちゅうものを感じて頭が下がる。『渚にて(On the Beach)』(新版の人類最後の日は余計だなー)、『月は無慈悲な夜の女王(The Moon Is a Harsh Mistress)』、見よこの日本語の美しさと英単語の配列の見事なゆうごう。ディック先生のフェミニストマジギレ短編『The Pre-Persons』は傑作選の『人間以前』より『まだ人間じゃない』が断然(・∀・)イイ!!
 アナログゲームの翻訳のセンスではMTGが群を抜いて素晴らしい。カード名、キーワード能力に収まらず、フレーバー・テキストまでキメにキメキメなのはこれぞ日本語と翻訳者の力ってカ・ン・ジ。原語の洒落っ気あってなのは当然のこととして、ニヤリとさせられる名訳をよくもまあ次から次へとポンポン生み出してくれるものです。愛しいけれど憎いお方。《最後の言葉/Last Word》はフレーバー・テキストのカッコよさもさることながら、エウレカセブンの初期OPとひっかけて「最初の嘘、最後の言葉、最後の言葉は打ち消されない」というネタが内輪でひっそりと流行った。
 中山てい子先生はMTGだけでなくクトゥルフの翻訳にも関わっており、邦訳センス決定戦はもうてい子無双(2016年KOEIから発売予定)ってカンジだ。定番ながら“名状し難きもの”なんてのは響きだけでゾクゾクする。個人的にはチャウグナー=フォーンが登場する『The Horror from the Hills』は、神格の二つ名と同じ“丘より来たる恐怖”がいい。『恐怖の山』だと『狂気の山脈にて』とカブるのであるよ(真ク・リトル・リトル神話体系の全然関係ない『夜歩く石像』もあれはあれで好きだが)。
 同じくWoCで地続きの3e以降のD&Dもよぉー大統領! と囃子の一つも入れたくなる傑作訳ぞろい。原語ではシンプルな単語の並びを、よくぞあそこまで雰囲気を壊さずかつ冗長にならず仕上げてくれたものです(“悪を討つ一撃”なんて“Smite Evil”だもんな)。残念ながら5eの翻訳は今の所動きナシであるが、これだけの蓄積あらば、自力訳の際のネーミングに困らなくて済む。
 そうか、ダサい翻訳が罷り通る業界は名作SFとアナログゲームを参考にすればいいんだな!
 5eの特技に関しては、今の所原語verをカタカナ表記にするのが一般的のようだ。独自の和名を当てはめている例は少ない。早い所特技の和名化ブームが来てほしいものですが自力でひねくり出した自前の和名を使っているが、これはどうなのか客観的な判断に困っている身としてはもっとオーディナリーなセンスを知りたい。

テーマ : TRPG
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読んだ本#35~超常小説三冊~

 私小説の次は超常小説の話を。

 チベットのラッパ犬

チベットのラッパ犬チベットのラッパ犬
(2010/08)
椎名 誠

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 現実の地名や国際情勢に則した『ひとつ目女』に対し、こちらはあの謎めいた単語“北政府”が中心で、おーこれはより直接的な『武装島田倉庫』の続編か、と喜んだのだけれど、ちょっと期待が大き過ぎたのかもしれない。
 あんまり綿密なプロットを立てない椎名さんの行き当たりばったり感が悪い意味で出てしまい、小規模な事件が起きてはその場を凌ぎ、の繰り返しで盛り上がりに欠ける。お待ちかねのサイボーグ犬になってからのアクションも発想はいいのだが起伏の不足した展開は変えられず、主人公の追ってきた標的と対面する結末も取ってつけたようで、消化不良な印象は否めない。SFに追い付くほど発達した近代科学をうまく取り込んでいるし、キョングとの友情など見るべきシーンもあるだけに惜しい。

 楽しめた、というならこっちの方が上。

 飛ぶ男、噛む女

飛ぶ男、噛む女飛ぶ男、噛む女
(2001/10)
椎名 誠

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 考えてみれば、ちょっとずれた現実を題材にした超常小説も椎名さんの作風のひとつであった。すっかり忘れていた。執筆時期が『春画』と同時期、つまり鬱期にあった頃で、しかも椎名さんご自身を度々モデルにしている(『中国の鳥人』が言及されたり)。ために、現実と虚構の境がいつも以上に曖昧で、かつ真に迫った狂気が覗く。『かえっていく場所』などでも触れられていた、椿の木から友達を落下死させる文字通りの悪夢がかなりのスペースを占めており、この時期相当にこいつのリフレインに苦しめられたのだろう(この悪夢が登場する中では、『樹の泪』が一番印象的であった)。『自走式漂流記』の『書けなかったこと』に出てきた、「夜中ベランダから見下ろしたら、庭でしゃがんで見上げていた」女性と思しき“K”にまつわる煩悶も、より現実の椎名さんとのリンクを強固にする。あまりにも記憶が生々しくて書くのを断念した、とある書けなかった理由に恥じず、ついに手を付けたこのエピソードはじっとりとした恐怖を孕んでいる。
 これ以前の作品と比べて性的な要素が多いのも、そんな不安定な精神の現れと思われる。家を捨て家族を捨て、ゆきずりの女性と一緒に何処かへ流れていく――椎名さんに“火宅の人”願望があったことは、文体から荒々しさが抜けてきた『パタゴニア』『風景進化論』などで語られていた。後にその願望は奥様のノイローゼや子供たちのアメリカ渡航などで自分が家を守らねば、という使命感に取って代わられ、“火宅の人”ならぬ“お宅の人”(このギャグは傑作ギャグだと思う)となるのだが。揺れ動く心理の中で、再びそれがぶり返して作品となって表出したとしても、無理のないことだ。
 まったく架空の人物が主人公の物語も収録されているが、全体に漂う妖しい気配は共通している。「かなり思い切った題材とテーマに挑んだ」と作者自らおっしゃっているように、これまでの超常小説ほど現実離れしておらず、さりとて決して現実的ではない不気味さは、椎名さんの小説の中でも異質だ。最後の『オングの第二島』で、主人公は急速に精神の平衡を取り戻すのであるが、そこに至るまでの経緯は結局のところ、やっぱり夢か幻のような確信の持てない出来事に占められている。精神的に不安定な時期にだけ書けた一冊なのではなかろうか

 三冊目は新作。

 EVENA

EVENAEVENA
(2015/01/26)
椎名 誠

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 意外と書かれることのなかったクライム・アクション。無頼の徒による暗闘はSFでしばしば取り上げられる題材ではあったが、架空であるにしても現代の時間軸で扱われるのは珍しい。もっとも分類としては、若かりし日に漲っていた闘争本能と行き場のない鬱屈を描いた『黄金時代』などと同じ路線なのではないかと思う。新境地と言えるほど新しく感じなかったのは、そんな既視感のせいか。
 本書では舞台設定の目新しさよりも、久々に(と言っては失礼だが)構成力に驚かされた。SFや超常小説だと、大きな事件は起きない代わりに次から次への異常な情景の描写で攻めてきて、その空気感で読者を飲む手口が多かったのだが、本書の物語の組み立ては一味違う。「おれ」が冒頭に飛び込んだバーの客たち、「おれ」をヒデヒコさんと間違える老婆、「おれ」をハメた「頬こけ」や「走り屋」、給仕の「オリーブ」……初見ではその場その場だけの要素かと思わせておいて、それらが物語が進むにつれて結束し合い、最終的に大金を巡る策謀に収束していく流れは、流石に歴年の蓄積のワザである。特にラスト、「おれ」の物語が始まるきっかけとなった「走り屋」の手口を使うのには「おおっ」となった。見事な話のたたみ、圧巻の試合運びからのスモールパッケージホールドだ。
 登場人物たちの関係が明かされていくにつれ、どんどん得体の知れない人物になっていく“こぐれ”こと「頬こけ」の存在感は、もうひとつの作品の魅力のひとつと言えるだろう。後半はこいつを出し抜くか、こいつに出し抜かれるかの対決になってくる。本書は「おれ」のストーリーであり、「頬こけ」のストーリーでもあり、「頬こけ」をもう一人の主人公と認識しても、それは過言ではない
 現実の日本に比べて極度に治安が悪化していることや、危険なドラッグである“エベナ”が『ひとつ目女』にも名前の上がっていることを考えると、もしかしたら『武装島田倉庫』以前の物語なのかもしれない。シーナ・ワールドSFとの関連を示唆する意図があるのだとしたら、こちらもシリーズ化を期待してしまう。

テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

読んだ本#31~変数人間~

 還ってきたディック先生小説。『トータル・リコール』ほどググッと引き込まれなかったがこれも十分面白い。既読作品も含めて楽しめました。

 変数人間

変数人間 (ハヤカワ文庫SF)変数人間 (ハヤカワ文庫SF)
(2013/11/08)
フィリップ・K. ディック

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テーマ : SF
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読んだ本#29~年末年始に読んだ本・夏の涯ての島&きみの血を~

 12月に一緒に借りてきた、椎名さんの著作以外の話も。

 夏の涯ての島

夏の涯ての島 (プラチナ・ファンタジイ)夏の涯ての島 (プラチナ・ファンタジイ)
(2008/01/09)
イアン R.マクラウド

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 表題の、ドイツが勝利し、ファシズムと指導者への崇拝が支配するイギリスという架空の歴史物語は高い評価を得ているらしいが、筆者の期待していたディストピア的な内容ではなく、ホモの性的煩悶が中心であんまり面白くなかった。
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 この界隈には、同性愛とか、性的倒錯を扱うと評価が上がるという傾向でもあるのだろうか
 同じく評価の高い『息吹き苔』、こちらは丹念な異世界描写が映える逸品であるが、話の起伏や目新しさに乏しく、ほとんど女だけの惑星という設定も設定倒れになっているようでもったいない。修飾的語句があまりにも絢爛でキラキラし過ぎてるのもちょっと疲れたな。女だけの惑星と言ってもきょうびのオタクが期待するような話じゃねーぞ。
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 余談だが〈一○○一世界〉というネーミングを聞くと、どうしても
     ____
   /__.))ノヽ
   .|ミ.l _  ._ i.)
  (^'ミ/.´・ .〈・ リ
  .しi   r、_) |  わしが育てた
    |  `ニニ' /
   ノ `ー―i´
 が出てきて困る。
 どっちかというと変身を大々的に扱った『わが家のサッカーボール』や、振り続けるダイスは常に6ゾロ、大穴の上で宙に浮きながらタップ・ダンスを踊る男という鮮烈なシーンの『チョップ・ガール』のような、すこしふしぎ的SFの方が持ち味を発揮できていた気がする。『わが家のサッカーボール』は「サッカーしようぜ。お前がボールな!」という話(マジで)なのだが、意外や意外、これがエー話でなぁ。
 その中で『ドレイクの方程式に新しい光を』は格別にグッと来た。
 SFマニアで一途に地球外知的生命のコンタクトを待ち続ける男と、ひところに落ち着くことができず執着と吸収、そして離脱を続ける女の物語。ナノテクノロジーが発達し、カプセルや手術で如何様にも肉体を改造できるような技術の進歩を遂げる一方、地球外知的生命存在の見込みは時と共に薄れていく。時代も人の姿も変わっていく中で、変わらない男と変わらざるを得ない女の対比は、本書で何度も繰り返される「変身」というテーマが最も生きた構図である。
 地球外知的生命探索キャンペーンの一環として用意したが、一枚も送ることなかったTシャツ(このくだりがなんか私はものすごく好きだ)などのSETIグッズを麓の町でせっせと売りさばき、誰もSETIの意味を知らなくとも、主人公はそれでいいと肯定できる生き方を発見する。
 「オタクの願望充足小説」とみるきらいもあるかもしれないが、主人公のトム・ケリーはすでに老境でその先行きは短い。しかも、何時来るかわからないコンタクトを待ち続ける「だけ」で満足する納得が結末なのですから、「充足」とまでウルトラハッピーには至らない。「オタクの願望小説」ではあるが、あくまで「願望」で踏み止まっているのである。この違いは重要なのでいっしょにしないように。
痩せても枯れても自分はトム・ケリーだ
 という独白は、筆者にとって時々遭遇する“魔法の言葉”であった。家庭や仕事、資産といった、普通の人なら当たり前のよりどころを持てない、ごく一部の変人にだけに妙に響く言葉ってあるものだ(『続 大きな約束』で久しぶりに聞いた「まあいいや。どうだって…」という口癖も“魔法の言葉”である)。

 丹念な描写、という点ではこちらの方が流石の貫録であった。

 きみの血を

きみの血を (ハヤカワ文庫NV)きみの血を (ハヤカワ文庫NV)
(2003/01)
シオドア スタージョン

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 久しぶりのスタージョン先生、それも長編。『夢見る宝石』『ヴィーナスプラスX』と同じく、やっぱりばっちりキモイ
 一人の兵士の故郷に送ろうとした手紙が検閲に引っかかり、それを問うた上官に暴行を働くも、その経緯によって精神異常者として収監される。ジョージが狼藉に出た謎を追う精神科医は、次第に彼の過去と精神に眠るおぞましい秘密を見出していく――という筋立て。
 ジャンルとしては一見ミステリであるが、本領はメタ・フィクション的構図にある。兵士ジョージ・スミスの過去に関する調査と考察が序盤の大きなウェイトを占め、この段階でも卓抜で詩的な表現力が唸りまくり、このまま最後までキモ話で通してくれんのかなぁ、と思いきや、実はコレ兵士が自分をジョージ・スミスという架空の人物に見立てての自伝。精神科医の友人じゃなくとも時間とページを使ってそんな回りくどいことすんな、とマジギレするところだが、実はこの自伝にこそ、ジョージの異常性が落とし込まれているのだ。一読しただけではまず間違いなく見落とすであろう、ジョージの欠落と虚構。その謎解きが精神科医の口を通して、友人と読者に語られていく構成はこれぞ匠の技、最後まで読み進めれば、必ず「してやられた」と舌を巻くはずです。手紙に自伝、口述筆記、果てはモノローグ、あの手この手を使ってジョージの秘密のヴェールの薄皮を一枚一枚剥がしていく過程の緻密さはスタージョン先生入魂の熱筆で、目を背けたくなるキモさなのに目を離せない。
 で、ジョージの異常性の正体は……引っ張ったにしてはちょっと弱かったかなぁ。というか、吸血鬼モノというくくりをされると、なんかこう、ぐったりする。確かに吸血話ではあるんだけどさ。「SFやミステリに天使とか神が出てくると読む気がしなくなる」という声があったが、そんな感じ。あと、ジョージの親父に訛りがあるからって、なんも関西弁にせんでもええやねん。

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読んだ本#23~ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選~

 ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選

ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)
(2010/09/22)
テッド・チャン、クリストファー・プリースト 他

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 アメリカでオールタイムベストSFがスペオペで占められるのに対し、日本ではスペオペ皆無、代わりに時間SFものが強いとか。これをもってして日本人の科学知識の欠如とくさすのは畜生のあさましさ、もとい素人のあさはかさであるが、それはそれとして、『時の娘 ロマンティック時間SF傑作選』が題名通りのエー話多目だったのに対し、本書は「ええー何それー!?(ガビーン)」てな想像力爆裂の珍エピソードぞろい。まだまだ時間って謎多き分野ですからな。世界五分前仮説が論理的には問題ないとか言い張れちゃうぐらいであるし。いくら専門家が青筋立てて論理を並べ立てても、結局のところタイム・トラヴェルを実際にした人でも出てこない限り、正しさを保証してくれることってなさそう。難しい事に頭を悩ませるのは専門家に任せとこう、その間に我ら読者と作家先生たちは想像力で謎を埋める楽しさを味わうのである

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テーマ : 海外小説・翻訳本
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読んだ本#22~一角獣・多角獣&輝く断片~

 スタージョン先生の読書記録をつけているうちに、ウムあれは最初に読んだ短編集故是非取り上げたい! と思った一冊と、新しく借りた一冊の話。

 一角獣・多角獣

一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)
(2005/11)
シオドア スタージョン

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 輝く断片

輝く断片 (奇想コレクション)輝く断片 (奇想コレクション)
(2005/06/11)
シオドア・スタージョン

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テーマ : 海外小説・翻訳本
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読んだ本#21~願い星、叶い星~

 ベスター先生二連発。奇想コレクションにはお世話になります。
 願い星、叶い星

願い星、叶い星 (奇想コレクション)願い星、叶い星 (奇想コレクション)
(2004/10/22)
アルフレッド・ベスター

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銀河アズマ

Author:銀河アズマ
頑張りましょうと言えないのがとても残念です

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