文庫の解説特集を誰か作ってくれえ

 筆者は文庫化されてしまうと字が小さいし、本のデザインがみんなおんなじおんなじになってしまうので、できれば元版で本は読みたい。しかし、時々むむうこれは、と思うような解説が付いていると、思わず文庫にも手が伸びそうになる
 誰がいつ始めたのか知らないけれど、大抵文庫本には“解説”がつきものになっている。元から古典的な名作を小型・廉価で普及させようという意図が出発点だったと聞くから、時代背景について一言書いておかないと理解されにくいであろう、という配慮だろうか。もっとも数十年前の作品ならともかく、1~3年ですぐに文庫化される今の御時世だと、その意図もだいぶ薄くなっているのだが。そういう場合、文庫本の解説というのは、本文の“オマケ”に近い。中には全然本文の解説をしてない解説もあったりして、これは近いというよりホントに“オマケ”である(エッセイ集にこういう解説が多い。そこまでつっこんだ解説がしづらいだろうから、これは至極当然であるけれど)。
 しかしこのオマケもなかなか馬鹿にできたものではない。椎名誠さんの「むは」シリーズに解説を書いている沢田康彦さんの文章は当時からオシャレで知られた方らしく、軽妙洒脱でそれでいて情感を込めることも忘れていない。質のいい一品のエッセイとなっている。「むは」シリーズは頑張って単行本を探して収集しているのだが、この解説を見る度にうーん文庫版も買うべきか!? と迷わされるのである。先年幕を下ろした「新宿赤マント」シリーズの沢野ひとしさんの解説も、とてもとてもウスラバカ呼ばわりされているとは思えない冷静な観察眼と哀愁を漂わせた文体。なんでこんな文章を書く人が発作的座談会であんな言動をするのかと筆者は真剣に悩んでいる(年を取ったからじゃ、という人もいるかもしれませんが、昔から沢野さんの文章って解説に限らずこんな感じなエー話のですよ)。
 
左の中での発言と右の解説を読み比べてみてください
 解説を書く人によって、作者の人脈・影響力を窺い知れるのも見所の一つか。モノによっては「なんでこの人が?」と首をひねるような人選だったりして。椎名さんの話が出たが、『鍋釜天幕フライパン戦記』の文庫本解説をオーケンが書いているのは、「昭和軽薄体を意識している」という発言を知らないと何故ハードロックバンドのヴォーカリストが椎名誠の解説を( ・ω・)? となるだろう。日記によると大槻さんの行きつけの新宿の居酒屋が椎名さんとカブっており、時々見かけたけど畏れ多くて声をかけられなかったそうな。

 意外と多いのが漫画家さんの解説で、これがまたウマくてびっくりしたりする。漫画家は話づくりのプロでもあるのだから、トークや文章がウマくてもおかしくはないのだが、中にはそのままエッセイストとしても通用しそうな面白文章があったりする(チェックしてみると新聞のコラムを担当していたりしてなるほど、と唸らされる)。こういう、普段なかなか世に出てこない隠れ名文家を発掘できるのも解説の楽しみの一つだな。
 海外SFは大抵単行本の時点で解説がついている。しかしこちらは多くのスペースが本編のあらすじや執筆当時の時代背景なんかに割かれていて、本当の意味で“解説”としての役割といっていいだろう。「あー当時ってマジに核戦争の脅威が身近にあったんだなあ」とか「やっぱディック先生ってアカ狩りに遭ってからおかしくなったんだな」とか勉強になる。オマケ要素は作者の略歴なんかに譲っている。場合によっては作品よりも波瀾万丈な作者の人生の方が面白そうに見えて困ることがある(『タイム・マシン』のウエルズ先生のエキセントリックな生き様はイヤー面白かった)。
 編集後記を一冊にまとめた本が出たりしているのだから、こんな文庫の解説だけをうわーっとまとめた本、というのも面白い気がするのだが。とか思っていたら『文庫解説総目録』というタイトルが目に入り、おお求めよされば救われんとはよく言ったものだと喜んで見てみたら、巻末宣伝ページの作品のあらすじをまとめた、「文庫化された作品に付属する解説」ではなく、ホントに「文庫の解説」だったりして
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 と肩を落とした。
 誰かひとりの作家を集中するのでもいいから、「文庫化された作品に付属する解説」の特集本が出ないもんかナ。

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好きな漫画#51~極私的メシ漫画~

 筆者は『美味しんぼ』ブームをリアルタイムで体験した。グルメブームの勃興期と言えようか。あの頃『美味しんぼ』は「これぞ料理漫画」という扱いであったし、アニメをテレビで見てもいた。アニメ=子供向けの印象が拭えなかったあの時期に、到底子供向けとは言えないあの作品をアニメ化したのは英断であり、またそれに踏み切らせるだけの人気があったのだろう(山岡士郎が井上和彦さんだったな)。今思うと「うるせい、食いもんぐらい勝手に食わせろ!」とバカ舌でマナー知らず故の反発を覚えるが、当時はそこそこマジメに読んでいたものだ。ラーメンライスとか貧乏メシとか、どっちかてーと主題から外れた「汚い食い方」の小市民的な話の方が筆者には親近感が持てたな。
 そうして時は過ぎ、いつの間にか『美味しんぼ』は料理漫画の中心から去っていた。雄山との和解があって丸く収まった、と思っていたらの続編アナウンスに筆者は( ・ω・)? だったのだが、何だか妙に思想がかった内容にはますます(;´・ω・)??? であった。思想がかっていたのは前々からだったようだけれど、それがこれほど全面的に押し出されるようになったのは今まで無かったような。
 ただ、この変化も時勢を考えるとなんとなくワカるような気がする。
 インターネットはテレビとか新聞とかレコード会社とかいろんなものを壊したと言われているが、あんまり耳にしない壊したものとして、筆者は「薀蓄もの」が挙げられると思っている。
 きょうび小学生だってスマートフォンを持っていればアダルトサイトを覗けるご時世だ。真偽は別としても、探して出てこない情報はほとんどない、と言ってもいいだろう。アマチュア未満のド素人だって、格好だけならプロを気取れるぐらいの知識は集められる。そういう時代に知識量で耳目を集める「薀蓄もの」というのは非常にやりづらい。自分の正しさを証明するために他人のアラ探しに血道を上げる、実に面倒くさい人種を引き付けやすいカテゴリである。迂闊なことを書いて間違えようものなら瞬時に槍玉にしたスレが立ち、公式ツイッターは大炎上だ
 最早知識量をウリにできないとあらば、「薀蓄もの」の行く先は、政治であるとか思想であるとか宗教であるとか主題がもう薀蓄以外となるか(料理漫画でいうと『美味しんぼ』)、薀蓄がどうこうではない、いや薀蓄なんてどーでもいいブッ飛んだファンタジー路線に踏み込むか(料理漫画でいうと『鉄鍋のジャン!』『中華一番!』)、どっちみち薀蓄は棚に上げて、別の段階へと局地化、俗な言い方をするとネタ化していくしかないような気がするのだ(ファンタジー路線はネットが発達する前からだけど、今読んでも結構面白いのは薀蓄を超えたこういう側面があるからじゃないかと思う)。
 その一方で脚光を浴びているのが『孤独のグルメ』のような、極私論的な内容。こういう「ただ飯を食っているだけ」の漫画がヒットしているのは、薀蓄料理漫画が衰退していっているのと対照的だ。


 この種のスケッチ風漫画には、知識も啓蒙も求められていない。登場人物が飯を食い、そこで思ったことを眺めて共感できれば、それで役割は果たしている。何かというと「正しい」「正しくない」の四角四面な二元論にもっていきたがる現代において、この寛容さと近視眼的視野は心強くも頼もしい。食への興味は万人が持っていることであるし、そこで語られているのはあくまでも「感想」。誰にも門戸は開かれ得る世界だ。知識が共有されるあまり氾濫しつつある今、この閉じた感覚がかえってウケているのではないかな。なんせ
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 と本人が納得しちゃってるもんだからケチもつけづらい。他人を味覚障害(イヤな言葉だねぇ)呼ばわりする口うるさい自称食通どもも、ツッコむのは無粋と認識するのもやぶさかではなかろうて。知識という客観的判断を下せる題材ならともかく、主観的な感性には、それは違うだろうと思っても結局個人差なのだから、口を挟み難いものだ。考えてみると『美味しんぼ』で筆者の好きなラーメンライス回も薀蓄ではなく「ラーメンはこうして食え」という極私的内容であったナ。アレを見てからラーメンを食う時は付け合わせの海苔でご飯を巻くようになった。邪道と言われてもいい、俺は好きなんだ。
 あと、普通の料理漫画と比べて取材費が少なくて済む、というところも隆盛の要因であるとか。世知辛いなぁ(´・ω・`)
 ……とはいえ、大事なことは「メシが美味そうに見えるか」。これは料理漫画としての命題故、いくら極私的なメシ漫画であったとしてもクリアしていなければ読者から賛同を勝ち取ることはできまい。
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 だろうと、食ってるメシが美味そうに見えなきゃ全然説得力ないもの。そこんところで『孤独のグルメ』の試合巧者ぶりが際立っている。紹介されていたトンカツ屋に行ってみたけど確かに美味かった。特に同店で食えるにんにくはさみ揚げはヤバイ。あれは絶対常習性がある。日本政府がマトモな法治意識を維持しているならば、危険ドラッグに次いで規制されるのはハッピーターンの粉、そしてあの店のにんにくはさみ揚げであろう。思えば『美味しんぼ』のトンカツ大王の話も良かった。『食の軍師』のトンカツ回もいい(醤油をかけるのだけは同意できんが)。個人的に料理漫画でトンカツ回ははずれが少ないと思うんですけどどうでしょう。
 この極私的メシ漫画の火付け役は例に挙げた『孤独のグルメ』や『食の軍師』の原作者、久住昌之氏であろうと知人氏は仰っていた。それに筆者としては源流のひとつとして椎名誠さんの『全日本食えばわかる図鑑』を加えたい。グルメ嫌いを公言する椎名さんだけに、材料があーだとか調理法がこーだとかいう七面倒くさい料理談義はおいといて、「あの時食ったアレはうまかった、あの店で食ったソレは許せねえ、あの素材はこうして食うと断じてうまい!」という語り口の姿勢には、実にこの極私的メシ漫画に相通ずるものがある。極私的だけに、試してみたら「うーん?」なモノもあるんだが、そこは極私的なんだから仕方ねぇ(簡単トマトソースボンゴレ風はなかなか評判がよかった。白菜のウドンもどきナベはうまくいかなかったです)。

テーマ : 漫画
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旅する文学館

 ここ最近集中的に書いた椎名さん関連の記事は、こちらのサイト“椎名誠 旅する文学館”を参考にしております。
 建物を持たない文学館という謳い文句通り、インターネット上で開館している椎名さん関連の情報局。著作や旅行記録のデータベース化がされており、感想記事を書いたり新作旧作をチェックしたりする際には大変助かる。各所に使われているイラストが、愛嬌があって微笑ましい。沢野ひとしさんではないようだから、これは椎名さんの手によるものか? しりあがり寿的な味ですな。
 最も読み応えがあるのは、椎名さんご本人と名誉館長・目黒考二氏が著作にまつわるエピソードを話し合う椎名誠の仕事”コーナー。『自走式漂流記』や“思えばいっぱい書いてきた”でも自作に対するコメントは掲載されていますが、改めて過去作への思いや評価を友人同士の目線で語られるのは、ファンとして大変興味深く、よろしいことだと思います。基本的に96年までのコメントは『自走式漂流記』の再録ですしね。気の合った仲間同士の会話というあんばいで読み物としても面白い。映画を撮り始めた椎名さんに対し、目黒氏は小説に専念すべきだとずっと批判してきていた、椎名さんもこの頃ほどの筆力はないと頷く(『アド・バード』回より)姿には当時の熱量と時代の経過を覚える、なかなかのドラマであるな。
 また椎名さんの古い友人であり、味噌蔵に閉じ込められるほどの活字中毒者であり、クール印のヒロオカ(『がんばれ!! タブチくん!!』が元ネタ?)と称された東ケト会が釜炊きメグロ氏だけあって、その評価はスルドク容赦がない昔大好きで、今でもかなり好きな初期エッセイがボロクソな評決を下されているのは「たはー」って感じです。そういえば前回俺がホメてた『もう少しむこうの空の下へ』も女性が印象を残すとしながらも、「椎名の作品のなかでそれほど優れた出来の作品ではないと思うんだけど(笑)」という評価で、椎名さんご本人も「まあな」と認めている。たはー。
 そういえば『長く素晴らしく憂鬱な一日』は傑作だという人と大失敗作だという人で真っ二つに分かれる作品だった、とおっしゃられているが、その大失敗作と言っているのが誰であろう目黒氏で、顔を合わせる度に「あんなにつまらない小説は早くやめたほうがいい」と言っていたらしい。あんまりつまらないつまらないと目黒氏から言われたもんで、椎名さんもやる気がなくなってやめちゃった、というくだりは爆笑してしまいました。この回、後半椎名さん「うーん」としか言ってないし。
 勿論目黒氏が太鼓判を押した作品は沢山あるし、私のイチオシ作が絶賛されているのを見ると気分よく嬉しくなる。誉七貶三などと揶揄されていた書評界に、『本の雑誌』創刊当時からハイキックを浴びせてきた硬骨活字中毒者だけあって、おためごかしの気を使った発言はいらないのだ。椎名さんとの間柄であるしな。『みるなの木』回は、“思えばいっぱい書いてきた”の意気込みと合わせて読んでほしい。『春画』『かえっていく場所』、この「暗い私小説」二冊に目黒氏も惜しみなく高評価を与えているのを見ると、筆者の受けた衝撃は一過性のものではなさそうだ。こうして評価されているのを目にしたら、手放してしまった昔の作品もまた読みたくなってくるなあ。『問題温泉』とか探せばまだ見つかるかしら。
 自他ともに忘れっぽいと認められている椎名さんであるが、目黒氏もかなり忘れており、二人してそっくり忘れている本が多い、というのも知った。『赤眼評論』の回なんて全然内容に触れてなかったりするし。ま、そんなところもご愛嬌という事で。
 ここで目黒氏が提案している「北政府ものを集めて『続・武装島田倉庫』としてまとめて読みたい」というプロジェクトには、大いに賛同したい。そんなものができちゃったらシーナ・ワールドアマチュア研究家として垂涎必携の一冊ですぞ。椎名さんは及び腰のようなんだけど……。

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読んだ本#36~もう少しむこうの空の下へ~

 椎名さんから離れてからも、暫くはちょこちょこ出版された書名をチェックしていたものだが、この本は全然聞き覚えが無かった

 もう少しむこうの空の下へ

もう少しむこうの空の下へもう少しむこうの空の下へ
(2000/07)
椎名 誠

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 最近(この「最近」とは10年ぐらい前までを含むおじいちゃんの「最近」である)出た本なのだろうか、と思って初出を見てみたら、なんと一番古い作品が1995年でびっくりした。『自走式漂流記』の出る前ではないですか。確かに『白い馬』が「新しい映画」と表現されているから、その時分でもおかしくはないんですが。98年あたりまではまだ追っかけていたのだがなあ……と首をひねっていたところ、第一刷は2000年だったと聞いて納得。毎回20枚と少なめの分量に、ほぼ隔月のペースなので時間がかかったんでしょうか? 確かに最後の作品は1997年の8月号に掲載、とあるから、本にまとまるまで3年のスパンがあることなんて不思議ではない……のかな。出版業界の事情は全然知らんので何とも言えませんが。
 それはさておき、椎名さんの文章は読んでいるとなんか心が優しく落ち着くものがある。思い入れがある、という贔屓目を差し引いても、つまんないことですぐに荒れたり浮ついたりするいささか情緒不安定気味な筆者の精神を静かに大人しくセンチにしてくれる、というのは、これは作家の力量というものではないかナ、と素直に感服したい。
 本書は時期的に先ごろ紹介した『春画』、鬱期を前にしてなのか、文章に哀切が漂っているのであるが、その哀切が程よくてしみじみと良い。「暗い私小説」はちょっと暗過ぎて時々大丈夫かなあ、と心配してしまうこともあった(それ故迫真の重苦しさがあるのですが)けど、この『もう少しむこうの空の下へ』は、寂しさを臭わせながら、それに沈み込まないバランス感覚がある。物語は椎名さんが海べりの街へ旅立ち、そこで出会う人々の話。大きな事件があるわけでもなく、(創作も混じっているので本人というわけではないが)椎名さんが見たまま感じたままを訥々と語っていく。島でひとつになりそうな男女をひそかに期待を込めて見つめながら、後にもう一度訪れた時結局そうはならなかったことを、気を落とさずに「人の生き方はそれぞれだから……」と、ただしずかに眺めている。目の前を過ぎ行く事物を観察する作家としての視点と、それを処理する自己の内面、その距離感が私小説路線の中でも特に巧く表現されている気がするのだ
 このひとつになりそうでならなかった男女の話、そして去りゆく女の話、最後の『そこにいけば……』は本書の中でもトリを飾るにふさわしい出色の出来。前日譚『花火のまつり』を踏んでからのこのラストからは、人生のままならなさへの嘆き、苛立ち、そして所詮は他人事という諦め、いろんな感情を見て取れる。全体的に静かで、何が起こるでもない、起きても穏やかに流れる語り口調が続いていたのが、最後の最後で激しい女性の人生に迫りながら吐露された様々な感情の波には、完全に不意を突かれた。称賛していた絶妙な距離感がここでは敢えて破られ、万物流転諸行無常、人生なんてそんなものと物思いながらも現実を俯瞰で見ていた作者の視点が、一歩踏み込むのを感じた。それだけにこの感情の噴出は強烈な印象を残してくれた。去りゆく女の話の後に、海を眺めて東京で一旗揚げることを決意し、猛烈な仕事量をこなしてついに実現した居酒屋の経営者の過去を置くことで、「別れ」にそっと希望を添えて「旅立ち」に仕立てる構成も心憎い。この二篇だけでも、筆者には当分忘れ難い一冊になりそうだ。
 仕事上のいさかいや友人の死、不眠症の気配など鬱期の片鱗を窺えることもあり、「明るい私小説」から「暗い私小説」への橋渡し的な意味でも、価値ある一冊と言えましょう。
 それにしてもこのタイトルは美しい。『さよなら、海の女たち』『かえっていく場所』に並んで、椎名さんの著作の中でも屈指の名タイトルではないでしょうか。

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読んだ本#35~超常小説三冊~

 私小説の次は超常小説の話を。

 チベットのラッパ犬

チベットのラッパ犬チベットのラッパ犬
(2010/08)
椎名 誠

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 現実の地名や国際情勢に則した『ひとつ目女』に対し、こちらはあの謎めいた単語“北政府”が中心で、おーこれはより直接的な『武装島田倉庫』の続編か、と喜んだのだけれど、ちょっと期待が大き過ぎたのかもしれない。
 あんまり綿密なプロットを立てない椎名さんの行き当たりばったり感が悪い意味で出てしまい、小規模な事件が起きてはその場を凌ぎ、の繰り返しで盛り上がりに欠ける。お待ちかねのサイボーグ犬になってからのアクションも発想はいいのだが起伏の不足した展開は変えられず、主人公の追ってきた標的と対面する結末も取ってつけたようで、消化不良な印象は否めない。SFに追い付くほど発達した近代科学をうまく取り込んでいるし、キョングとの友情など見るべきシーンもあるだけに惜しい。

 楽しめた、というならこっちの方が上。

 飛ぶ男、噛む女

飛ぶ男、噛む女飛ぶ男、噛む女
(2001/10)
椎名 誠

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 考えてみれば、ちょっとずれた現実を題材にした超常小説も椎名さんの作風のひとつであった。すっかり忘れていた。執筆時期が『春画』と同時期、つまり鬱期にあった頃で、しかも椎名さんご自身を度々モデルにしている(『中国の鳥人』が言及されたり)。ために、現実と虚構の境がいつも以上に曖昧で、かつ真に迫った狂気が覗く。『かえっていく場所』などでも触れられていた、椿の木から友達を落下死させる文字通りの悪夢がかなりのスペースを占めており、この時期相当にこいつのリフレインに苦しめられたのだろう(この悪夢が登場する中では、『樹の泪』が一番印象的であった)。『自走式漂流記』の『書けなかったこと』に出てきた、「夜中ベランダから見下ろしたら、庭でしゃがんで見上げていた」女性と思しき“K”にまつわる煩悶も、より現実の椎名さんとのリンクを強固にする。あまりにも記憶が生々しくて書くのを断念した、とある書けなかった理由に恥じず、ついに手を付けたこのエピソードはじっとりとした恐怖を孕んでいる。
 これ以前の作品と比べて性的な要素が多いのも、そんな不安定な精神の現れと思われる。家を捨て家族を捨て、ゆきずりの女性と一緒に何処かへ流れていく――椎名さんに“火宅の人”願望があったことは、文体から荒々しさが抜けてきた『パタゴニア』『風景進化論』などで語られていた。後にその願望は奥様のノイローゼや子供たちのアメリカ渡航などで自分が家を守らねば、という使命感に取って代わられ、“火宅の人”ならぬ“お宅の人”(このギャグは傑作ギャグだと思う)となるのだが。揺れ動く心理の中で、再びそれがぶり返して作品となって表出したとしても、無理のないことだ。
 まったく架空の人物が主人公の物語も収録されているが、全体に漂う妖しい気配は共通している。「かなり思い切った題材とテーマに挑んだ」と作者自らおっしゃっているように、これまでの超常小説ほど現実離れしておらず、さりとて決して現実的ではない不気味さは、椎名さんの小説の中でも異質だ。最後の『オングの第二島』で、主人公は急速に精神の平衡を取り戻すのであるが、そこに至るまでの経緯は結局のところ、やっぱり夢か幻のような確信の持てない出来事に占められている。精神的に不安定な時期にだけ書けた一冊なのではなかろうか

 三冊目は新作。

 EVENA

EVENAEVENA
(2015/01/26)
椎名 誠

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 意外と書かれることのなかったクライム・アクション。無頼の徒による暗闘はSFでしばしば取り上げられる題材ではあったが、架空であるにしても現代の時間軸で扱われるのは珍しい。もっとも分類としては、若かりし日に漲っていた闘争本能と行き場のない鬱屈を描いた『黄金時代』などと同じ路線なのではないかと思う。新境地と言えるほど新しく感じなかったのは、そんな既視感のせいか。
 本書では舞台設定の目新しさよりも、久々に(と言っては失礼だが)構成力に驚かされた。SFや超常小説だと、大きな事件は起きない代わりに次から次への異常な情景の描写で攻めてきて、その空気感で読者を飲む手口が多かったのだが、本書の物語の組み立ては一味違う。「おれ」が冒頭に飛び込んだバーの客たち、「おれ」をヒデヒコさんと間違える老婆、「おれ」をハメた「頬こけ」や「走り屋」、給仕の「オリーブ」……初見ではその場その場だけの要素かと思わせておいて、それらが物語が進むにつれて結束し合い、最終的に大金を巡る策謀に収束していく流れは、流石に歴年の蓄積のワザである。特にラスト、「おれ」の物語が始まるきっかけとなった「走り屋」の手口を使うのには「おおっ」となった。見事な話のたたみ、圧巻の試合運びからのスモールパッケージホールドだ。
 登場人物たちの関係が明かされていくにつれ、どんどん得体の知れない人物になっていく“こぐれ”こと「頬こけ」の存在感は、もうひとつの作品の魅力のひとつと言えるだろう。後半はこいつを出し抜くか、こいつに出し抜かれるかの対決になってくる。本書は「おれ」のストーリーであり、「頬こけ」のストーリーでもあり、「頬こけ」をもう一人の主人公と認識しても、それは過言ではない
 現実の日本に比べて極度に治安が悪化していることや、危険なドラッグである“エベナ”が『ひとつ目女』にも名前の上がっていることを考えると、もしかしたら『武装島田倉庫』以前の物語なのかもしれない。シーナ・ワールドSFとの関連を示唆する意図があるのだとしたら、こちらもシリーズ化を期待してしまう。

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読んだ本#34~暗い私小説、そして明るい私小説~

 以前紹介した『大きな約束』の前史となる二冊を読んでギョッとした

 春画

春画春画
(2001/02)
椎名 誠

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 かえっていく場所

かえっていく場所かえっていく場所
(2003/04)
椎名 誠

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 『大きな約束』でも死の影は端々で意識されたが、この二冊はより明確、特に『春画』は死んでいった人々、死にゆく人々の物語と言って差し支えないだろう。あのエネルギッシュだった椎名さんがこんな暗い話を書くなんて……。本当に「明るい私小説」と称された『岳物語』と同じ人なのだろうか? と思われても不思議ではない。「こんなに弱気な椎名さんを見たくなかった」という読者の感想もむべなるかな、である。
 椎名さんご本人の口から語られたことによると、この時期「」であったらしい。そうした気持ちの落ち込みが直接反映されてか、『春画』全編にはどうにも鬱屈とした気配が漂っており、話題そのものも自分が後妻の子であったこと、義母との結婚前の不和、ために飛び出すように奥様の家を出ていったことなど、今まで語られてこなかった過去に踏み込んでいる。奥様の計画しているチベット旅行への同行に対するわけのわからない気おくれ、それに端を発した夫婦間の隔絶など、現在進行系で語られる事柄もどうも穏やかでない。愛犬モリチャンの死と思しき描写は、その行雲流水(のほほん)とした性格を過去のエッセイで知っているだけに胸が痛んだ。その死をすぐに伝えられない椎名さんにも。
 『かえっていく場所』になると、それから気持ちが上向きになってきていたとおっしゃっているが、物語の始まりは奥様の更年期障害と明るくない。椎名さん自身も不眠症に悩まされ、それを紛らわすための飲酒に壊れていく自分を自覚し、恐怖している。お子様達の父親はどうも元気が無いぞ、という意見に反発しながらも、心のどこかで認めている椎名さんがいる。
 暗さでは『春画』だが、衝撃度ではこちらの方が私には上だった。本書で語られた、椎名さんの年上の友人がある日突然壊れてしまったくだりには、かつての読者として「まさか」と愕然とした。「椎名さんの読者なら、すぐに名前が浮かぶはず」という文庫版の解説の通り、私にも一読で推測することはできた。しかし、推測すればするほど信じ難かった。その方ほど、睡眠薬と通院で壊れてしまうような精神状態と無縁の人物はいないだろうと思える、頑健なイメージだったからだ。現在では、椎名さんのエッセイなどに再び登場するようになり、間柄も復旧されたようで安心した。
 両書で共通した心の支えはご家族、特にご子息と娘さんの活躍。最早すっかり大人と呼べる年頃になった御二方は、アメリカからはるばる日本を訪れ、それが椎名さんや奥様の励ましになっていることが窺える。『かえっていく場所』で、娘さんが翻訳スタッフとして父の椎名さんと一緒に仕事をしているのには、何やら感慨深いものがある。また小学校の生徒への模擬授業における、子供たちへの視線は優しい。着実に一歩一歩「死」へと近付いていく一方、新しいいのちへの期待は忘れずにいるようだ、と少し安心する。
 なお、『春画』で書かれている酒場で出会った女性と夜を共にしたエピソードが創作であることは、筆者にはすぐにワカった。昔からストレートな恋愛は書きづらい、とこぼしているように、椎名さんの作品における女性関係は、どことなくつくり話っぽさがある。今回でいえば唐突なベッドイン、投げやりな女性の態度は以前の作品で見た流れで、これはどうも実話ではなさそうだな、と思ったらその通りであった。椎名さんの作品から離れていたが、我が嗅覚はそうした臭いを覚えていたと少し嬉しくなった。

 スーパーエッセイなどと呼ばれた『哀愁の町に霧が降るのだ』のような作風が抜けた時寂しかったように、『岳物語』の伸びやかな「明るい私小説」から変わっていったのもまた寂しいものである。が、周囲の人々の死や病気、自身も深刻な不眠症に悩まされれば、こうもなろう。また私はこの椎名さんの「暗い私小説」も好きだ。これはこれで新境地として、楽しみにしていけばいいだろう……。
 と思っていたら、またまた「明るい私小説」を椎名さんがやってくれた。読破順が読破順だけに、あまりの落差に「ややややや」とややや化した。

 三匹のかいじゅう

三匹のかいじゅう三匹のかいじゅう
(2013/01/04)
椎名 誠

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 『大きな約束』でスポットを当てられていたお孫さんたちとの交流が、ここでは主題となっている。つまり全編じいじいバカ。かつての岳少年を彷彿とさせる三匹のかいじゅうの起こす大騒動、それを綴る椎名さんの筆は実に楽しそうでノッていて、心の底から新しいいのちを愛そうとする姿勢が伝わってくる。あんまりにもあんまりなじいじいバカっぷりに、思わず頬が緩んでしまった。これがノスタル爺ならぬ育ジイか。
 彼らの元気いっぱいな姿にあてられてか、これまでの私小説に差していた影はだいぶ鳴りを潜めている。一時期の「鬱」を客観的に見られるほどになっており、危険な状態からは脱することができたようだ。また自分のじいじいバカっぷりを書くことが楽しくなっているようで、文体が実に軽快なのである。この気分の上向きは、『大きな約束』でもそう見られなかった傾向だ。病院のパーキングが整備されて、これなら安心だ、と思った直後、だめだだめだ、三人の可愛いマゴを誰も病院通いなんてさせないぞ、と激しく頭を振る箇所には、かつて『岳物語』の『インドのラッパ』を読んで以来の気分のいい笑いが出てしまった。私小説で大いに笑うなんて何年ぶりだろうか?
 無論、本書でも死んでいった人々、死にゆく人々の話も上がるが、それらは孫たちに囲まれた、ささやかだが心和む生活からの連想であり、やはり主眼は新しいいのちたちに置かれているのだ
 本書がものすごくいいのは、「父」となったご子息を見るかつての「父」という二重の構造になっているところ。アメリカから帰国したご子息は、もう一度アメリカへ渡るのか、それとも日本に居着くのか、選択を下せぬまま綱渡りのような生活を強いられていたらしい。結果として就職活動はうまくいくが、各地を飛び回っている間に琉太君の骨折騒ぎが起きてしまい、しかもその直後に海外に出なければならないその心痛たるや、察するに余りある。実の父である椎名さんなら、尚更敏感に察したことだろう。アメリカに戻るか否かの問題についても、椎名さんはご子息らの迷いを感じながらも、彼らの人生の大きな流れにちょっかいを出すまいと口を閉ざす。孫を心配する祖父としての心情と、子を案じるご子息の想いを推し量る父としての心情、この二つの視点が同居しているのが、ものすごく私小説としての深みを増していると思うのだ。

 東日本大震災と、原発事故の影響を考えて沖縄に向かうのは、過剰反応と感じる人もいるだろう。が、幼い家族を預かる親としては無理もない心情だと思う。「何の根拠もないけど何とかなるんじゃないかなぁ」という理由で何もしなかった私よりは遥かにマシだ。とは言えあの時、公的な発表で信頼に足るものは何一つなかった。かといって、市井の人々の間で氾濫した悲観論も楽観論も同じことだった(きょうび「日本終了」…日本に東京でも米国でも好きな地名を入れて下さい、会社名とかでも結構…なんてタイトルのスレッドが毎日のように立つぐらいだし)。逃げると言っても、急に頼れる先なんて筆者にはなかった。そもそも実家や親戚の住処は事故現場に近づくことになる。「どこへ逃げていいのかワカらないなら、それはどこにいたって同じことじゃないかなぁ」というあやふやな根拠をもとに、私は同じ生活を続けた。
 幸い、筆者は今のところ健康を特別害することもない。椎名さんの沖縄避難は取り越し苦労で済んだようだ。言うても十年二十年先に影響が出るかもしれないからまだ断言はできないが。筆者はあと四十年ぐらいは生きていたいけど、今ポックリ逝ってしまっても、正直な話悔いが残るとすれば5eのキャンペーンを立ち上がることができなかったこと、手持ちのキャンペーンが完結しないこと、参加しているキャンペーンのメンバーに迷惑がかかること、ぐらいのもんである(嗚呼ダメ人間)。が、人の親ならそんなことは言ってられまい。日本中、あるいは世界中で、今日も星の下椎名さんやご子息のような不安を抱えながらも健やかなれと願っている親たちがいるのであろうな(遠い目)。

 息子と父の触れ合いを書いた『岳物語』から時は経ち、孫と祖父の触れ合い、そしてもう一度息子と父の関係が描かれるようになったのを見ると、年を取ることも決して悪い事ばかりじゃないな、と思える。本書の出版から二年が過ぎ、三匹のかいじゅうたちも、いずれも難しい年頃にさしかかっていることだろう。願わくば『岳物語』で椎名さんとご子息の間に生まれた断絶が再来しなきゃいいが……と大きなお世話を考えてしまうけれど、大丈夫ですよね、きっと。父と子ならともかく、祖父と孫って、可愛がられていても案外遠い存在だったりするしなぁ
 先日小学生になったお孫さんたちを描いた『孫物語』も出版されたそうで、だとするとこれは『三匹のかいじゅう』の続編か!? おーこっちも読みたいぞうっ。


孫物語孫物語
(2015/04/21)
椎名 誠

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テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

AVガレージで古いCDを買って 高円寺古本市で古書を買って…

 作者に還元されないから悪いなあ、と思いつつ、古本屋と中古CDショップは利用している。
 本はやっぱり出版された当時のサイズ、できればハードカバーで読みたい派だが、昔の本だったりすると絶望的に手に入らないので、そういう場合は地道に古本屋めぐりをするしかない。本そのものは我慢すれば文庫で読める場合もあるが、昔のCDとなるともっと絶望的になる。運よくデジタルリマスター化や紙ジャケットとかで再版されたりしなければ、探偵ナイトスクープばりの捜査能力を要求される(DL販売というのはこういう入手しづらいタイトル、それもインディーズ時代もサポートしてくれるからありがたい)。
 この間中野のブロードウェイを巡っていたら『機甲猟兵メロウリンク』のサントラを発見し、ムヒョップと小躍りしながら買ったついでにディスクユニオンに寄ると、これまた来世まで手に入らないとも覚悟していた電車の『勉強』を発見、あやうくうれションするところであった。いや近所というのは歩いてみるものですな。
 また、先日セッションに参加後足を運んだ古本屋で、文庫版すらなかなか見つからん『みるなの木』のハードカバーを発見。シーナ・ワールドの中で最も好きなこのタイトルを2015年にもなって、10年以上の時を経て入手できるとはいや僥倖僥倖。
 セッションは後で考えてみたらイニシアチブと死亡セーヴしか振ってねえ! というだめなアーキタイプを選んだシャドウランみたいな驚愕の結果でした(別にシナリオに失敗したわけではない)が、全体で見てよい日であった。



みるなの木みるなの木
(1996/12)
椎名 誠

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テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

読んだ本#28~年末年始に読んだナマコの本~

 昨年の12月半ばに、図書館でいつもより多めに本を借りてきた。年末年始のようなまとまった休館日が挟まる場合は、普段より長く借りていられるのだ。こいつで活字漬けの年越しを過ごすぞムフフなどと含み笑いをしていたら、今年も怠惰で杜撰なスケジューリングのツケがいつも通り回ってきて、気づいたら12月もあと僅かに。びっくりして電車とトイレの中でいつも以上に集中して消化していった(この二つの場所が最も効率よく読み進められる場所である)。ところで借りられる上限は十冊を下回る図書館を見た覚えがない。そんなに速読の人もいるのかな、と思っていたら、あれは絵本とか資料用に借りていく人のためだったのですね。確かに絵本なら一日一冊のペースでも読めるし、資料としてなら全部読む必要はないもんな。
 で、私が借りてきたその中の一冊は、続編だった。
 かつて別の図書館で、その前編にあたる本を読んでいたのだ。
 その図書館は小さいたたずまいながらしっかりした蔵書で、特に海外ミステリ・SFの渋い選球眼には一目置いていた。引っ越しで使えなくなってしまうのは残念だなぁ、と思っていたら、別に他所の人間でも借りられるという。お役所仕事と揶揄される日本の公共機関もなかなかフトッパラなことを言ってくれるのだ。
 私の住んでいる地区の図書館にはない本を物色しつつ、椎名誠さんの棚を探した。『暗闇埠頭三角市場』でシーナ・ワールド熱も再燃したことだし、旧作のSFでも読めないだろうか、と思ったのだ。そんな折、普通の単行本よりも一回り小さくスリムで、可愛らしい本があった。
 一目見て「お?」と思い、パラパラと流し見をして「おおっ?」となった。借りてきて読んで、「おおお……」となった。
 その本の題名は『大きな約束』だった。年末に読んだ続編は『続 大きな約束』である。

大きな約束大きな約束
(2009/02/05)
椎名 誠

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続 大きな約束続 大きな約束
(2009/05/01)
椎名 誠

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 椎名さんとご子息を始めとした家族の交流といい、続編が『続○○』であることといい、これはあの『岳物語』の後継者ではないですか。ご子息がボクサーとして試合に出場したこと、アメリカに渡ったこと、映画『白い馬』の撮影中に遊びに来たことなどは、『新宿赤マント』や『麦酒主義の構造とその応用力学』できれぎれに語られ、知っていたのですが、再びこれだけ密接な題材となって語られる日が来るとは。
 それ以上の衝撃は、椎名さんにお孫さんが出来たという事実か。ご子息も今では二児の父、椎名さんのマゴにあたる風太君のサンフランシスコからの電話で「じいじい」と呼ばれ、奥様曰く「じいじいバカ」を発揮する様には、『さらば国分寺書店のオババ』以降のレッグラリアート的エッセイを知る読者としては、椅子からずり落ちそうな驚愕の光景であった。物語の端々で交わされる椎名さんと風太君の交流は、お孫さんが可愛くて可愛くて仕方ないという本音がダダ漏れで、読んでるこっちも頬が緩む。あのノンポリノンセクト肉体派の割とコワい人だった椎名さんが、お孫さん相手のとりとめのない会話にココロの安らぎを見出しているとは……時は流れるものです。
 そう、実際、私が椎名さんの著作から離れている間に、確実に時は流れていた。あやしい探険隊にせよ、本の雑誌にせよ、私が集中して読んでいた時代のエピソードに登場した人々は、ほとんど姿を現さない。レギュラーメンバーも入れ替わっているようだ。中には、既に故人となった方もいる。八丈島の山下浄文さんと、隻眼のカナダ人ローリー・イネステーラー氏が亡くなった話題はショックだった。椎名さんのエッセイの良き脇役として楽しませてくれた方々が死んだというのは、私に直接関係ないにしても、不思議に寂しくて悲しかった。
 ご家族のことだけでなく、相変わらずあっちこっちの旅行や仕事にまつわる話も多い。いつも通り、喜びや怒り、苛立ちもその中には含まれているが、本書の語り口は普段と異なって、妙に淡々としていて不気味なくらいだった。どこかしら、先に述べたような、“死”を意識させるような静けさがあるのだ。時折エッセイの中で「オレ来年まで生きてるかわからないもんなぁ」なんて冗談めかした発言もしているが、周囲の親しい人々を次々に喪い、それが本格的に冗談でなくなっている年齢という自覚が、この静謐さを生んだのであろうか。
 その一方で、最初の話がいきなり暴行沙汰なのだからびっくりする。『フグと低気圧』で、新宿の紀伊國屋書店でサイン会の翌週、スゴんできた若僧に二段打ちを炸裂させたのが、恐らく最後の直接的闘争になるだろう、と予想されていたのだが。しかも連載時期を考えると、とうに六十を越していてもおかしくない年齢で、あまつさえ暴漢にきっちり反撃し、歯まで叩き折ってしまったというのだから、その衰えを知らない鉄拳の冴えには恐れ入る。まったく凄まじいじいじいもいたもんである。団塊世代の老人暴力が増加傾向にある、と聞いたことがあるが、老人に殴りかかる方だって相手を見ねばなるまい。

 長らくご子息をテーマとした小説が途絶えていたのは、親子間にあった齟齬であると『続 大きな約束』で明示されている。『定本 岳物語』の刊行にあたって、ご子息が寄稿しているのだが、そこでも複雑な思いが語られていた。
 『岳物語』がベストセラーになった後、中学生のご子息は椎名さんの部屋に駆け込んでくると、本を叩きつけて「こんなことを二度と書くな。今すぐ日本中の本屋からこの本を無くしてくれ」と泣きながら叫んだそうだ。椎名さんはその時、何も言わなかったという。
 自分の体験から考えても、この心理というのはひどくよくわかる。
 中学生というのは、人生において屈指の暗く鬱屈とした時期である。何もかもが遊びの延長だった小学校から、次第に競争社会としての現実味が、学業や試験、人間関係、すべてにおいて忍び寄ってくるようになる。肉体も自我も著しく発達してはいくが、それに追いつけない精神の未熟さは、急激な環境の変化を整理する余裕を持つことを許さない。やりきれない苛立ちを抱えながらも、悶々とした日々を、ただ耐え抜くしかないとあらば、反抗期が来るのも当たり前に思える。
 そんな暗黒期に、本人からすれば恥部でしかない幼少の頃を書き記した本がベストセラーとなって全国に流通すると知ったら、たまったものではないだろう。
 以後、椎名さんは息子を小説で取り上げるのは止めている。書きたいことはいくらでもあったが、ご子息との「約束」を守り通したという。後、アメリカに渡り、結婚したご子息からの手紙には「とうちゃんは作家だから、オレのことを題材として書くのも当然だと思うようになった」という一文があった。
 ご子息も結婚して夫となり、子供ができて椎名さんと同じ「」になったからこそこのような和解がなされ、再び小説に登場することを許せるようになったのかな……と、思う。
※娘さんについては、早い段階で「小説に書いたら遊んであげないからね」と言われたので書かなかったらしい。近年の私小説では度々顔を出してくれています。

 『続』のラストで、ご子息はアメリカから日本に戻って生活することになる。椎名さんは自由で巨大で危険なアメリカの生活を長年続けて日本になじめるのか、と心配するも、奥様にかけられた「そういうことを心配するのはもう私たちの役目ではない」という言葉、これが胸に刺さる。
 何時まで経っても親子は親子であるが、ご子息も人の親となった以上、家族を守り、生きていくという問題に立ち向かっていく義務と権利はご子息にあり、椎名さんにはもう無いのだ。となれば、椎名さんにできることとは何か。
 それは、風太君たちのよき「じいじい」として生きていくという「大きな約束」を果たすことだ。
 この帰結はまことに自然であるし、またしみじみと感動的である。
 あとがきで語られている、数少ない昔からの知人の登場人物(といってもあとがきだけれど)、目黒考二氏とのやりとりがまた良い。「おじいさんと孫の話を書くといい」とアドバイスしたのは、この目黒氏なのである。話をしながら、ヘヴィ・スモーカーである目黒氏が煙草をまったく吸わないことに椎名さんは気付く。目黒氏は、知人がガンになったのをきっかけに、自分にとって最も重要な煙草を断つという「約束」をしたのだという。
 まったくもって、人生というのは、ただ生きていくだけでも誰にとっても「大きな約束」なのであるなぁ。

 ガラにもなくまじめな話をしてしまったが、ウスバカ成分はきっちり『ナマコのからえばり』シリーズで補充してきた。こっちは本当にいつも通りの、気楽につまめるエッセイ。

本日7時居酒屋集合!

本日7時居酒屋集合! ナマコのからえばり 2本日7時居酒屋集合! ナマコのからえばり 2
(2009/06/11)
椎名 誠

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 溜め込まれた鬱屈を火炎放射器のように吐き出す勢いには、やっぱりじいじいになっても椎名さんは椎名さんだとアハハと笑いながら安心した。

 シーナ・ワールドの復習に再読した『ひとつ目女』だが、話の筋をまるっきり忘れていて我ながら呆れた
 こんなにセルフ・オマージュが込められた作品だったのか。

ひとつ目女ひとつ目女
(2008/11)
椎名 誠

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 臓器の売人に命じられてラクダを探していたはずが一つ目の女を発見し、この一人と一匹を連れてあてのない旅を続ける男の異世界探報記な長編であるが、あちこちで目にする超常的存在にデジャヴを感じさせてくれるのが大きな特徴。そもそもひとつ目女自体が『武装島田倉庫』に登場していたモチーフであるし、醜女蔓と蛇蝎のくだり、川に立ち並ぶ木人なんかは、『みるなの木』そのまんまではないですか。『みるなの木』が一番好きな私としては嬉しい再登場だった(蛇蝎が『水百足』の話では傭兵だったのだが、後に『みるなの木』同様の怪物になっているのは、別の本で書いてあった「どうしても辻褄が合わなくなってしまった」箇所だろうか?)。
 また冒頭の東京の描写はシーナ・ワールド研究家として実に興味深い。『暗闇埠頭三角市場』についての記事で、「『武装島田倉庫』などのシリーズに含まれるのではなく、同じ設定を使ったパラレル物語ではないか?」と推察していたのだが、『ひとつ目女』は『みるなの木』との関連を暗示しながら、かなり原形を保つ東京が登場している。そこで交わされる国際情勢も、『暗闇埠頭三角市場』と共通のようだ。やはり『武装島田倉庫』などの作品の舞台となったのは日本の中でも相当に荒廃の激しい場所であり、東京は比較的被害が少なく、往年の姿を留めていたのかもしれない。続編や同好の士の考察を心待ちにしたいと思う。
 ところで、シーナ・ワールドSFの中でも、ここまでサバイバビリティのない主人公って珍しいんではないだろうか。いくらエベナにやられたとは言え、それ以降完全にガイドの雲去だよりになっているのは……あまりの他力本願っぷりに、一体いつ雲去に裏切られて殺し合いになるのか、と心配していたが、最終的に穏やかに別れていて拍子抜けした。なんだかんだで雲去も粗野で乱暴だが本質的にはお人よしだったようだ。彼ともまた、灰汁や可児のように再会することがあるだろうか。

テーマ : 文学・小説
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読んだ本#26~ナマコの本~

 椎名誠さんは、幼少の私の活字ギライ治療に一役買った作家である。
 私の親は、息子に「正しい子供」に育ってほしいと願っていた。TVゲームや漫画よりも運動と本が好き、朝は早起き夜は素早く床に入り、誰にでも明るく元気に挨拶するような教育委員会推薦的な少年に。その反動政策というか、見事にサブカルに興味津津で運動はまったくダメなインドア派、喋る時は常に伏し目がちでボソボソ喋る正しくない子供が出来上がってしまった。遅寝は夜になるとパワーボムで風呂に叩き込まれ、布団への寝技を極められる稲妻のような連携のせいであまりした覚えはないが、早起きは苦手だった。
 これはイカンと山登りに連れ出したり、読書記録をつけろと言ってきたりしたが、「ルセイ、そんなものより9巻しか家にないドラゴンボールの他の単行本を読ませろ!」とますます私は反発を強め、漫画・ゲームを買ってもらえない腹いせに地下組織のプロパガンダ機関紙よろしく自作の絵や漫画をそこらへんの紙に描きまくっていたのである。なんか、今やってることと全然進歩してないなぁ(山登りは嫌いではなかった。自分のペースで歩ける限りは、だが)。それと、親が薦めてくる本が実録小説もののカタい内容だったのもタイミング的に最悪。親御さん、あーたそりゃー小学生が読んだって理解できずちっとも面白くないですよ。
 そんなむなしい暗闘を続けていたある日、親が本屋で「好きな本を買ってあげる」と言ってきた。私は「買ってあげるったって読みたくねぇんだけどなぁ」と思いつつ、自分の選択でものを買っていいというのは珍しい好意でもあったし、何より貧乏性である。貰えるものは病気とか毒とかセーヴィング・スローを要求されそうなもの以外なら大体貰う主義だ。そこで、できるだけ難しくなさそうな、かつ内容がマンガ的なタイトルの本を探してみた。それが椎名誠さんの『フグと低気圧』だった。

フグと低気圧 「椎名誠 旅する文学館」シリーズフグと低気圧 「椎名誠 旅する文学館」シリーズ
(2014/07/31)
椎名 誠

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 マンガ的と言っては失礼かもしれないが、実際子供が読んでもなかなかオモシロイ内容だった。何より、本とは小説とはかったるくて首や肩が痛いものだな、と思い込んでいた私に、ライト・エッセイという存在は衝撃であった。まさか『怒の日』で、活字によって爆笑する日が来るとは。また、カツオの刺身のドンブリ、鉄火丼ならぬ銀火丼は未だに食ってみたいメニューである。
 こうしてじわじわと活字アレルギーを克服していった私は、家の本棚に転がっていた『哀愁の町に霧が降るのだ』に手を染め、それからズブズブと活字の大海へと沈んでいくのであった。

哀愁の町に霧が降るのだ 上 (小学館文庫)哀愁の町に霧が降るのだ 上 (小学館文庫)
(2014/08/05)
椎名 誠

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 もっとも、そこから読み始めた本は椎名さんのエッセイにしばしば登場する古典SF、それもディック先生のようなタメになるではなくダメになるタイプの本ばかりだったので、結局親の望む方向とは真逆の深みに沈んでいってしまったのだが。
 一時期は片っ端から読んでいたのだが、ある時を境に追うのを止めていた。契機となったのは思考の中心がTRPGに向いてからで、財力と精神力の全てをそっちに注ぎ込むようになっていた時期では、なかなか書籍にまで気が回せない。また、単に金が無かったというのもある。小遣いというものを貰えるようになった頃にはすっかり私の悪趣味な読書傾向が露呈していたため、「本なら買ってあげる」なんてことは金輪際言われることなく、「欲しいものは自分のカネで買いな」と冷たい態度に豹変していたのである。それに椎名さんは、多作の人であるため、刊行される本という本を買って読んでいくには、とてもじゃないが懐が追いつかなかった。頑張って『本の雑誌血風録』『新宿熱風どかどか団』シリーズ辺りまでは確保したのだが、それが最後だったかな。ドシャメシャな文体が抜けてきて、角が取れてきたのに物足りなさを感じていたのもあるかもしれない。オレも若くてヘンなものを崇拝する傾向が強かったからね(今もか)。

 そして時は流れて先日、椎名さんの名前にこのタイトルがふらっと目に入った瞬間、直感が「これはオレの求めていた本だ!」と告げ、何年ぶりかの椎名さん本没入体験をしたのである。それが

 埠頭三角暗闇市場

埠頭三角暗闇市場埠頭三角暗闇市場
(2014/07/01)
椎名 誠

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 椎名さんは翻訳SF黄金期の洗礼を浴びたSF狂である。読書体験を語る時に、しばしばそのマニアぶりが発揮されていた。往年の名作を読んでいくうちに「いつかは自分もSFを」と熱意を高めていったそうで、その夢は『アド・バード』『武装島田倉庫』を皮切りに、混沌怪奇、摩訶不思議なシーナ・ワールドSFとして花開くことになる。

アド・バード 集英社文庫アド・バード 集英社文庫
(2014/09/05)
椎名誠

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新装版 武装島田倉庫 (小学館文庫)新装版 武装島田倉庫 (小学館文庫)
(2013/11/06)
椎名 誠

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 この一風変わったSFを語る上で、椎名さんの独自の単語精製能力は外せない。ページを開けば、次から次へと聞いたことのない単語が飛び出していき、特に説明もないまま物語はずんがずんがと進んでいく。一体これは何なのだと聞いてみたくなるが、とにかくそういうものなんだから教えないもんね、というストロングスタイルによって読者は後ろ手を固められながら組み伏せられるのである。そして、実際そう言われたら仕方ないと納得してしまう卓越なネーミングセンスによって、このSF世界は構成されているのだ。
 エターナルフォースブリザード級の名前であれば、納得する前に鼻で笑っちゃうところだが、椎名さんの命名は未知であるものの、どれもなんとなく世界や場面に合ってると思わされる響きがある。もともとは『地球の長い午後』で使用されていたテクを拝借したそうだが、今やその憧憬は、立派なシーナ・ワールドSFという独自の世界を構築しており、オリジナルと誇ってもいいと思う。元から小うるさい考証主義者の棲みつくジャンルで、しかもインターネットの発達により誰もがいっぱしの科学識者ぶれる中、説明をぶっとばして「言葉の意味はわからんがとにかくすごい自信だ」で黙らせてくるシーナ・ワールドSFは、ポンチ頭で科学知識のない筆者には居心地がいい。そう言えば、『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』などの初期作の頃から意味は置いといてそれっぽい言葉を並べていく、語彙力は飛び抜けている人だった。シーナ・ワールドSFの屋台骨になる単語精製能力は、すでにあの頃片鱗を見せていたのかもしれない。
 世間的には日本SF大賞を受賞した『アド・バード』がメジャーなところだけど、個人的には『武装島田倉庫』の方が好きだ。椎名さんの造り出す、泥臭くて荒々しい言語感覚が、より退廃著しい『武装島田倉庫』にぴったり合っていたと思うのである。一番好きなのは『武装島田倉庫』の続編『みるなの木』。

みるなの木 (ハヤカワ文庫JA)みるなの木 (ハヤカワ文庫JA)
(2000/04)
椎名 誠

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 タイトルからして素敵に刺激的だが、内容も一風変わった変化球が揃い。血と暴力の臭いのしていたシーナ・ワールドSFの中で、割と家庭的な話があったりするのが心に残りましたな。最初の単行本の装丁もものすごくよかった。
 『埠頭三角暗闇市場』も予想通りシーナ・ワールドSFのひとつであったが、あのネーミングセンスがまったく変わっていないのに驚かされた。椎名さんも今年で70歳になるというのに、まだこんなギラギラしたシーナ・ワールドSFを読めるとは、眼福眼福。この手の小説は書くのに物凄いエネルギーを要するので、どうしてもスパンが長くなるそうだが、いつまでも続けてほしいものです。
 本作の目新しいところは、人間と獣の魂や精神を入れ替えたりくっつけたりする、“人獣合魂エンジン”を巡るミステリー仕立てになっている点か。これまでの『武装島田倉庫』や『みるなの木』では、生態系も文明社会も徹底的に破壊尽くされた後を生き延びようとするサバイバル術が中心だったので、このような謎に取り組む余裕のある世界というのは、なかなか新鮮である。当然生き馬の目を抜くような生存競争は続いているが、ある程度の衣食住は確保されており、さらに警察などの社会機構も残滓ながらちゃんと存在している。シーナ・ワールドSFでも比較的珍しい方ではないか(『みるなの木』収録の『対岸の繁栄』では、そこそこ復興していた気配がある)。謎解きの要素を持っていると気付いたのは結構読み進めた後だったので、逃げたと言われたはずのキムが普通に登場したのを最初に見た時は、「アレ? なんかの間違い?」と首をひねってしまいましたよ。あれはアナコンダに魂を移して、肉体だけ置いて逃げたという意味だったのですね。
 登場人物では古島刑事がいい。マッド・サイエンティストの北山医師や、頭に蛇を移植しようとする李など異常な登場人物ばかりが出てくる中で、状況に翻弄されるこの刑事には、中年男のこすっからさと哀愁がにじみ出ていて、実に等身大な人物と感情移入できるんですなぁ
 ちなみに、本作が『武装島田倉庫』『みるなの木』『砲艦銀鼠号』などのシリーズに含まれることには、筆者は異を唱えたい。その理由は、先に述べた“余裕のある世界”であること。『埠頭三角暗闇市場』には警察機構も一応は機能しているし、進出してきた中露印の三国と交渉している政治的組織も存在するようだ。現存するマンションもあり、大破壊(アルマゲドン)以前と同じような生活をしている老人まで登場している。これと比べてみると、『武装島田倉庫』などは極めて荒廃の度合いが強い。『埠頭三角暗闇市場』で展開されているような、国際的謀略が動くほど整理もされていなければ、いささか領土の取り合いをする利点にも欠けている気がするのだ
 日本のようでどこともしれない異国情緒を内包していたシリーズの中で、『砲艦銀鼠号』にて中国など現実の国名が少しずつ登場してきており、本作と共通していると見られる点も多い。が、同じ設定を使ったパラレル物語ではないかと筆者は推測する。しかし、もしかしたら日本の中でもマシな箇所の物語が『埠頭三角暗闇市場』で、『武装島田倉庫』系列は特に文明崩壊の度合いの酷い地域を描いているのかもしれない。シーナ・ワールド研究家による考察を是非聞いてみたいところだ。

 椎名さんの本でもう一冊。

 ナマコのからえばり

ナマコのからえばり (集英社文庫)ナマコのからえばり (集英社文庫)
(2010/08/20)
椎名 誠

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 シイナマコトという名前の中にはナマコがいる。『ナマコのような月が出た』なんて本も出してましたね。そんなわけで『ナマコのからえばり』というタイトル通り、ナマコが世の中のよしなしごとに好き放題元気よく喋っているのが本書。
 シーナ・ワールドSF同様、久しぶりの椎名さんエッセイ集となったわけだが、これまたおでれえた。しばらく見ないうちに文体がずいぶん変わっていたのだ。元から堅苦しくない、気楽な語り口だったのが、なんちゅうか『むははは日記』でサラバしたはずの昭和軽薄体に先祖がえりしているような。『新宿赤マント』とも違う、さりとて『国分寺書店のオババ』のようなコトバの迫力とイキオイで押してくるタイプとも違う砕けた口調で、こういうのを何というのだろう。平成軽薄体か? 話の面白い親戚のおじさんという感じで私はこちらも好きだ。時々挟まるあんまりうまくもないオヤジギャグも、自分の話に自信が持てなくてついついジョークを入れちゃう照れ隠しのようで可愛げがあってイイ。
 一番笑ったのは「世界にはとんでもない決まりごとがあり、シカゴには“燃えている家の中で食事してはいけない”、ルイジアナ州には“銀行強盗を働いた際に出納係を水鉄砲で撃ってはいけない”という法律がある」話。訴訟社会っておっかねぇなぁ。
 また、二重におでれえたのは、想像以上にアンテナをいろんな所に張っているということ。「木連というのは『木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星国家間反地球共同連合体』の略称であるという。本当だろうか」なんて一文を見た時はひっくり返った。本当だろうか、と聞かれる前に、今年70歳にもなるノンポリノンセクトのパタゴニアの氷海を突き抜け、タクラマカンの砂漠を踏みしめた肉体派作家がなんで『機動戦艦ナデシコ』の敵組織なんて知ってるんだという疑問を聞いてみたい(その略称は本当ですよ)。スケブ(スケッチブック)などという同人界隈の略称まで知ってるのにも仰天した。本の雑誌も最近は萌え系の漫画を掲載しているようで、その線で聞いたのかもしれない。そういえば原稿をワープロで書くようになったのは知っていたが、電子書籍も利用しているそうな。なんか、俺より全然ハイテケに順応してるなぁ。衰えないということは留まり続けることではなく、進化を続けているって意味なのだな、と恐れ入りました(ふかくふかく平伏)。
 久々に手に取った二冊ともアタリとあって、またシーナ・ワールドSFの旧作やエッセイを読み返したい衝動にかられてきた。『本の雑誌傑作選』の「いい本を読んだ日はいつも愉しい気分だ」というコピーは、まったくその通りであると思う(同書の「それにしてもいいかげんな雑誌だったと思う」は最強クラスのキラーコピー)。ナマコブーム再来が訪れているのかもしれない。
 しかし、椎名さんも話を聞くに相変わらず旅と酒の日々を送っているようで、心底恐ろしいおじいちゃんもいたもんである。この人とトミチンにはいつまでも長生きして、あっちこっちで面白い話、変な話をずっとしてもらいたい。

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頑張りましょうと言えないのがとても残念です

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