読んだ本#44~透明人間の告白~

 かつて本書が翻訳刊行された当初、本の雑誌の目黒考二さんは「十年に一度の面白本」とタイコ判を押しており、椎名誠さんも大いに頷いておられた。そして時は流れ“本の雑誌が選ぶ30年間のベスト30”にて本書は再びベスト1に輝くというマシンロボクロノスの大逆襲を見事果たしたのであった。
 新潮社からハードカバー版が最初に出たのは1988年。もうじき本当に30年が過ぎ去ろうとしているが、確かに30年経っても読むに耐える傑作でありますよ。

 透明人間の告白
 

 誰もが抱くであろうたわいない空想、「もしも空が飛べたら」「もしも大金が手に入ったら」そんな夢想シリーズの定番の一つに間違いなく「もしも透明人間になれたら」は含まれるであろう。ウェルズ先生の小説や映画の包帯男を紐解くまでもなく、透明であることのアドバンテージと人々が抱く憧れは想像に難くない。TRPGユーザならインヴィジビリティやインヴィジビル・ストーカーの脅威を思い浮かべてもらえれば速やかに理解してもらえるであろう。3eの説明文を読んで、「吊り橋の縄を切るのは攻撃ではないのでインヴィジビリティの呪文は解けない」とかなんて酷いことを考えるんだこの野郎はなどと震え上がったもんですたい。
 が、一時的に透明になるだけならともかく、ずっと透明であるパーマネンシィを使ったインプルーヴド・インヴィジビリティみたいなもんやね)場合、果たしてその人間が享受できるのはアドバンテージだけだろうか? 透明人間は場合によっては体のみが透明で、服を着ると宙に浮いているように見えてしまうため、透明の利点を活かすためには全裸でないといけないとかセクハラ案件もある。真冬とかだったらそれだけでもう透明の利点は死んだも同然。そうでなくとも、例えば透明人間がメシを食った場合、それらの食物は一体ハタからどう見えるのか? 透明なまんまの人間は日常生活に適合できるのか?
 こういう、「なったはいいが次々に浮かび上がる素朴な疑問」にいちいち応えてくれるのが本書の傑作たるゆえんだろう。前述の目黒さんは「透明人間の暮らしの手帳」と形容したそうだが、まったくウマい例えをしてくれるものです。主人公のニック=ハロウェイはかなりマッドな科学者の起こした事故に巻き込まれて透明人間になってしまう(余談だがこの事故を引き起こした若僧と、スクープを優先してニックを探しもしやがらない女記者を見ると「やっぱ学生運動とマスコミってクソだわ」と思える)のだが、この時身に着けていた衣服、事故の現場である施設とその一帯に存在していた机やカーテン、タオルや歯ブラシなどの日用品ごと透明になってしまう。透明であるために全裸にならねばならない恐れはないわけだが、実はそれより遥かに恐ろしい現実にニックはすぐに直面する。ミソは「身に着けていたもの」まで透明になったということ。即ち、メモを取ろうとしても、手帳に書いてあることは透明なんだから読むことが出来ず、ペンで書こうと見ることもできないのだ。D&Dのインヴィビリティは他人の目からは透明になっているからまだいいが、自分の目からも見えないということはおっそろしい窮地に立たされることでもあるのだ、とここが筆者最大の驚愕のポイント出会った。これぞ目ウロコ本(目から鱗がバラバラと落ちるような本のこと)。
 襲いかかる現実はそれだけではない。メモを取ることができないのはもちろん、例えばアドレス帳から友人に助けを求めようとしても、そこに書いてある番号が見えないのだから電話は全て記憶力でかけなくてはならない。サイフから札を取り出そうとしてもどれが何ドル札なのか区別できない。そもそも透明な人間がどうやって買い物をすればいい? さらに透明な人間が街を出歩くことが、いかなるリスクを生むか、ニックは身をもって体験することになる。横断歩道を渡る時は細心の注意を要求される。ドライバーからすれば、無人の道路なのだからスピードを緩める気など起きるはずもないのだ。雨の日は自分の身体が雨に濡れるところだけが浮かび上がり、好奇心に誘われた子供に追い回される。そして、石を投げつけられケガをしたところで、その度合いを調べるには自分の手さぐりに頼るしかない。医者に行こうにも、見えない傷をどう治療してもらう?
 もう一点、ニックが頭を大いに悩まされる問題がある。透明人間が食事をした場合、完全に血と肉、それに排泄物になるまでの過程、咀嚼され、喉を通り、胃で消化され……という人体のメカニズムがばっちり外から観察できてしまうのだ。このグロ画像を人目から隠すため、ニックは食べ物を極力選び、消化されない恐れがあるものは徹底的に避け、そして食事にありつくときは人のいない場所と時間を選ばざるを得なくなる。理由は後述するが、透明になったニックは自分のヤサに居つくことが出来ず、各地を転々としなければならないので、メシはどこぞに忍び込んで失敬するしかないのである。
 透明人間になれたら……とは、前述の通り誰もが夢見る望みであるが、こうしてみるとそんなに良い事ばかりではないと気付かされる。少なくとも「一時的に」かつ「他人の目からのみ透明に見える」この二点が満たされていない限り、理想の透明人間とは言えそうにない。第一、透明であるというメリットの筈の特徴も、ぶつかったりしたら何か変なモノがあるとバレるんだから、こっちから接触は極力控えなければならない。つまり存在が見えないのに存在を消さなきゃいけないので、むしろデメリットなのだ。また普通の品物、例えばメモ帳とペンなら普通に書きつけ見られるものの、宙に浮いたメモ帳にこれまた宙に浮いたペンがサラサラと書きつける、非常に奇妙な絵面が展開される。消えているはずの存在が、より鮮明に存在を主張し始めやがるのだ。こっそり宝石店に入り込んで宝石を失敬するなんて、こう考えると出来やしないとすぐに気づかされる。
 人間共通の願望でありながら、実現した場合は決して望み通りにならない、この鋭い観察力と発想はまさにコペルニクス的転回。クラシックかつ先人が強烈なイメージを植え付けた透明人間という題材を扱いながら、活字狂のお二人を耽溺せしめたのも納得である。モノが透明人間だけにまさに盲点、死角からの一撃であった。透明人間だけに(ちょっとウマいこと言ったつもりのムカつく顔)。四年がかりで取り組んだ労力は十分に報われたと言えよう。余談ながら本書以降作者のセイントは作品を発表しなかったそうだ。
 ニックは透明になったのを知られたが故に、情報機関に追い回されるハメになる。アパートをおん出されたニックは空きアパートや馴染みのクラブを転々として満足に食事や睡眠も取れない状況に陥る。買い物も満足にできない人間はどうやって生活を維持していけばいいのか? この難題をニックは証券アナリストの経験(序盤で出てきたこの設定は伏線なので覚えておくといいだろう)とニューヨークの不動産の利用状況を分析することで乗り越えていく、この対処法もリアリティに厚みを持たせているのだが、なんといってもニック最大の強みは超ポジティブ思考。どんな苦境にあろうと「大切なのは動きつづけることだ」と前進を絶対にやめない。この身の回りなんもかんもが透明になるという惨事に巻き込まれようと、決してへこたれず諦めずのドッ根性があるからこそ、最終的に情報機関をヘコませ自由を勝ち取ることができたのだろう。やはり人間飛ぶか留まるか迷ったら飛ぶしかないんである。
 ニックの状況が大いに好転するには好奇心旺盛な女性・アリスとの出会いがあり、協力者を得るとこうも透明人間であろうと日常生活を送るのは容易になるのか! とニックともども読者も目が覚める思いであるが、そのきっかけが下半身というのは何とも海外小説らしいというかなんというか。まあ金輪際他人との肉体的接触なんて自分にはあり得ないだろうと絶望していただけに、そういう欲求が湧くもの致し方なし、という気もしないでもないのだが、やはり社会戦で抹殺されかかっている時に頼れるのはビジネス仲間よりも関係:肉体スートということか!? そういえば透明であることを活用できた数少ない場面は情報機関からの脱走はもちろんであるが、セクハラもそうであった。こうして考えてみると、透明人間になってやってみたいことで十中八九思い浮かべるであろう覗き趣味というのは万国共通なんだなと安心させられる。解説だとアリスとの出会いがもっと早い方が良かったという指摘があるが、確かにアリスという協力者を得たニックがハロウィン・パーティやスキー場を大いに楽しむ解放感はしみじみと読んでる方にも喜びを伝えてくれ、もっとこういう日々も見てみたかった気もする、とフォローは入れておこう。
 情報機関との丁々発止は本書の見所のひとつながら、セキュリティや監視体制が向上した現代では流石に通用しないだろう(空アパートを転々としたり、クラブの鍵を漁ったりするシーンは良くも悪くもまだのどかな時代)。ここんところは古さを否めないが、逆に現代版の『透明人間の告白』が執筆されたとしたらどうなるのか、気になる。スマホがあれば大抵のことができちゃう現代なら生きていくこと自体は難しくないかもしれないが、市井の人間だろうと住所特定されたりする監視社会だと、宙に浮いてるスマホとか即行で拡散されそうだな。
 ちなみに、読んでいて感じたが椎名さんの執筆するサバイバル小説や超常小説、『走る男』、『デルメルゲゾン』はこれに相当影響されていると感じた。次から次へと襲い来るトラブルに細やかに対処していく解決策の提示、また何か一つが狂ったらその世界はどんなことになるか、そうした疑問にひとつひとつ応えていく丁寧な姿勢は、まさに本書で提示されていた面白さ。後の基盤になったと考えてもおかしくありますまい。
 
 ニックの披露してくれたサバイバル術(実際に顔を合わせずに講座を開く方法、電話のみで株を売買する方法など)は役に立ちそうであるが犯罪者でもそうそう役に立てられそうにない、それこそ透明になった人間でもなきゃ意味がないのが残念な限りである。D&Dで「自分の目にも映らないインヴィビジビリティ状態になる呪い」とか出してみようか。うーむ、自分にとっても他人にとっても恐ろしい呪いだな。
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読んだ本#43~ゴールデン・マン~

 今回もディック先生の短編集。
 純正のファンタジーも含むバラエティ豊かな話ですが、それだけに面白さもマチマチであります。まっ、面白い話はムチャクチャ面白いので十分読んで損なし。

 ゴールデン・マン

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読んだ本#42~小さな黒い箱~

 ディック先生のこのシリーズは例外なく面白いなあ。

 小さな黒い箱

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文庫の解説特集を誰か作ってくれえ

 筆者は文庫化されてしまうと字が小さいし、本のデザインがみんなおんなじおんなじになってしまうので、できれば元版で本は読みたい。しかし、時々むむうこれは、と思うような解説が付いていると、思わず文庫にも手が伸びそうになる
 誰がいつ始めたのか知らないけれど、大抵文庫本には“解説”がつきものになっている。元から古典的な名作を小型・廉価で普及させようという意図が出発点だったと聞くから、時代背景について一言書いておかないと理解されにくいであろう、という配慮だろうか。もっとも数十年前の作品ならともかく、1~3年ですぐに文庫化される今の御時世だと、その意図もだいぶ薄くなっているのだが。そういう場合、文庫本の解説というのは、本文の“オマケ”に近い。中には全然本文の解説をしてない解説もあったりして、これは近いというよりホントに“オマケ”である(エッセイ集にこういう解説が多い。そこまでつっこんだ解説がしづらいだろうから、これは至極当然であるけれど)。
 しかしこのオマケもなかなか馬鹿にできたものではない。椎名誠さんの「むは」シリーズに解説を書いている沢田康彦さんの文章は当時からオシャレで知られた方らしく、軽妙洒脱でそれでいて情感を込めることも忘れていない。質のいい一品のエッセイとなっている。「むは」シリーズは頑張って単行本を探して収集しているのだが、この解説を見る度にうーん文庫版も買うべきか!? と迷わされるのである。先年幕を下ろした「新宿赤マント」シリーズの沢野ひとしさんの解説も、とてもとてもウスラバカ呼ばわりされているとは思えない冷静な観察眼と哀愁を漂わせた文体。なんでこんな文章を書く人が発作的座談会であんな言動をするのかと筆者は真剣に悩んでいる(年を取ったからじゃ、という人もいるかもしれませんが、昔から沢野さんの文章って解説に限らずこんな感じなエー話のですよ)。
 
左の中での発言と右の解説を読み比べてみてください
 解説を書く人によって、作者の人脈・影響力を窺い知れるのも見所の一つか。モノによっては「なんでこの人が?」と首をひねるような人選だったりして。椎名さんの話が出たが、『鍋釜天幕フライパン戦記』の文庫本解説をオーケンが書いているのは、「昭和軽薄体を意識している」という発言を知らないと何故ハードロックバンドのヴォーカリストが椎名誠の解説を( ・ω・)? となるだろう。日記によると大槻さんの行きつけの新宿の居酒屋が椎名さんとカブっており、時々見かけたけど畏れ多くて声をかけられなかったそうな。

 意外と多いのが漫画家さんの解説で、これがまたウマくてびっくりしたりする。漫画家は話づくりのプロでもあるのだから、トークや文章がウマくてもおかしくはないのだが、中にはそのままエッセイストとしても通用しそうな面白文章があったりする(チェックしてみると新聞のコラムを担当していたりしてなるほど、と唸らされる)。こういう、普段なかなか世に出てこない隠れ名文家を発掘できるのも解説の楽しみの一つだな。
 海外SFは大抵単行本の時点で解説がついている。しかしこちらは多くのスペースが本編のあらすじや執筆当時の時代背景なんかに割かれていて、本当の意味で“解説”としての役割といっていいだろう。「あー当時ってマジに核戦争の脅威が身近にあったんだなあ」とか「やっぱディック先生ってアカ狩りに遭ってからおかしくなったんだな」とか勉強になる。オマケ要素は作者の略歴なんかに譲っている。場合によっては作品よりも波瀾万丈な作者の人生の方が面白そうに見えて困ることがある(『タイム・マシン』のウエルズ先生のエキセントリックな生き様はイヤー面白かった)。
 編集後記を一冊にまとめた本が出たりしているのだから、こんな文庫の解説だけをうわーっとまとめた本、というのも面白い気がするのだが。とか思っていたら『文庫解説総目録』というタイトルが目に入り、おお求めよされば救われんとはよく言ったものだと喜んで見てみたら、巻末宣伝ページの作品のあらすじをまとめた、「文庫化された作品に付属する解説」ではなく、ホントに「文庫の解説」だったりして
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 と肩を落とした。
 誰かひとりの作家を集中するのでもいいから、「文庫化された作品に付属する解説」の特集本が出ないもんかナ。

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TRPGこぼれ話#240~ドカ本ルールブック~

 筆者は「餃子の皮と攻略本は分厚ければ分厚いほど良い」という価値観の持ち主であるが、考えてみると攻略本に限らず、書籍全般において厚い方を好む傾向にあるようだ。ドカ弁ならぬドカ本である。
 何故ドカ本を好むのか。理由は実に単純で、いっぱい読みたいからだ。物価は上がる一方であるが、特に書籍は高い。どうせ高い金をかけるなら、せめてモトを取れるぐらいいっぱい読みたいではないか。いい本であっても薄いと「うーんもっと読めればいいのに……」とせっかく楽しめたのに物足りなさを味わってしまったりする。書を食むという言葉があるが、あれは実に適切だと思う。食うからには味ももちろんだが量も重視するのが俺なのだ。
  一行の文章だって心を打つことがあるのだから厚ければいいというものではないんやでと正しい読書人は仰るかもしれないが、ただ厚いだけのつまらない本だったら読むのを途中でやめちゃうからいいんだもんね
 欲を言えば、さらにゴツければゴツいほど良い。ソフトカバーよりは断然ハードカバー。文芸書の場合、小B6版ではちょっと物足りない。B6版が、筆者にとっては正調「本のサイズ」だ
 ドカ本がいいのは、読み進めた分量をダイナミックに知ることができるところだ。この種の本は最初手に取った時、等しく「うーむこれを読み切ることができるだろうか……」と不安に思うものだ。実際軽く読んでみた後、栞の位置から読み終えたページを量ってみると「あっやっぱりこれぐらいしか進んでない」とアセったりする。しかし、実はドカ本とみせかけて、読み始めてみると案外進みはよかったりする。文芸書の場合、ちょっと厚めの紙に印刷してあるから、集中して読めばズンズンページ数を稼げるのだ。気付けば半分ぐらいまで終えている事もあり、「おお人間やればできるものだなあ……」などと安心しつつも感慨深く、ついには栞の位置もググーッと深まり残り1/4にもなれば「ここまで来れば後は時間の問題だむひひひ」などとほくそ笑む達成感とヨロコビは、ドカ本かつ文芸書でないとなかなか味わえない。この時ハードカバーだと表紙・裏表紙がしっかりとページを支えてくれるので、より正確に読んだ分量・残った分量を知ることができる。ソフトカバーではページと一緒にフニャラとダラしなくしなってしまうので、こうはいかないのだ。
 文庫版になってしまうと、これはどの本も似たような作りと背表紙になってしまい、区別がつきづらいのが面白くない。それに小さい字がびっしり1ページに詰め込まれて、それも薄い紙に印刷してあるものだから、目が疲れるしページごとにかける時間も多くなる。疲労感の割に全然進んでいたりしないこともしょっちゅうだ。
 ひとまわりふたまわりも小さい文庫サイズにどうやって普通の本の字数を収めるんだろう、不思議だなあ、凄いなあと昔アホらしい感心をしていたがこれは単純な話で、字数や字間行間を文庫サイズに合わせて縮めているんだから当たり前なのだった。
 海外SFの文庫本を読んでいると、思った以上に集中して読めないことがある。翻訳というフィルタがかかっているためでもあるのだろうけれど、原本を見るとこれが大抵物凄いドカ本だったりして、こいつを文庫サイズに詰め込まないといけないのだから、それはみっちり目が疲れる密集陣形にもなろうものである。文庫サイズのドカ本は文芸書サイズのドカ本以上の恐怖ドカ本だったりするのだ
 文芸書だと、ゴツいのはともかくデカいのはちょっと困る。じっくり腰を据えて読む時は、B6版を超えると手が結構くたびれてくるからだ。が、TRPGのルールブックはデカければデカい方がいい。書籍全般に置いて厚さが正義なら、TRPGのルールブックではそれに加えてデカさも正義なのだ。TRPGに掲載されている情報は、世界設定にせよデータ類にせよ挿絵にせよ、シナリオを作り遊ぶ上での素材なのだから、これは多ければ多いほどありがたい。そして本がデカければデカいほど情報量は当然多くなる。残念ながらハードカバーのルールブックは国産だとほとんど見ることができないが、あのガッチリした構造は、特定のページを開いたまんまにしておくのに大変有利に働く。データが多ければ参照する機会も多くなるのだから、ここでもゴツさは正義なのだ。仲間内にはデカくて重いと持ち運ぶのにつらいんだよう、という軟弱な声もあるが、そうした輩は素早くコアルールブックとかPHBの角でぶん殴って黙らせなくてはならないのだ。
 いくらデータが多くても一部を除いてはカスばっかりのシステムもあるんだぞとまたも正しいTRPG人は仰るかもしれないが、そういうシステムはそもそも買わないからいいんだもんね。幸いなことに最近そういうシステムにぶち当たることはない。書籍も高くなったがルールブックはもっと高い。本なら読み切れば一応の決着にはなるが、ルールブックは読んでかつセッションをやって面白ければやっとスタート地点に立てるという商品。購入にも慎重になる。それに何年もやっていれば、そうした嗅覚は自然と身に着くものだ。
 単純にシステムの好みの問題もあるけれど、文庫版のルールブックはほとんど買っていない。筆者のルールブックは持ち運びや参照などでかなり手荒く扱うものだから、すぐにボロボロになってしまう。特に文庫版ルールブックの場合、サイズが小さいせいで、バッグの中で洗濯機の中のパンツのようにかき回され、押され、ぶつかり合い、無惨な敗残兵みたいな姿になるのはあっという間である。それもカバーが一番すぐ破損する。文庫版ルールブックは、カバーが無いと区別が非常に困難となる。分量が限られる都合上、文庫版ルールブックはしばしば分冊を余儀なくされるから、このようなハダカ一貫スタイルがおんなじおんなじに並ぶことになって見わけを付けるのに大変困る。萌えアニメのキャラクターの区別をつけるぐらい難しい。筆者はアイマスは何とか覚えたがラブライブはまだ無理だ。新書版ルールブックは単純にめくりづらいし、開いたまんまにしづらいのでアレは文庫版以上にいくない。
 このような信条故、筆者はしばしばドカ本ルールブックが詰まった、旅行者か登山家のような荷を運びながらセッションに臨むことになる。しかしこれも悪いことではない。あの分厚さ頑丈さならいざという時に命を救ってくれることもあるかもしれない。「プレイヤーに刺されそうになったのをルールブックが止めてくれました!」とか「あの大事故から助かったのもバッグに入っていたコアルール三冊のおかげです!」なんて事例も広い世の中あるかもしれないもんな。

Player's Handbook (D&D Core Rulebook)(2014/08/19)
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読んだ本#39~ジャック・リッチーのあの手この手~

 あの手この手、のタイトルにふさわしく、大小いやさ小微小の短編が詰め込まれている。一篇一篇は短くとも、こんだけ詰め込まれていると記録をつけるのになかなか骨が折れる。本書だけでもこんだけ量があるというのに、ジャック=リッチー先生が生涯ウィスコンシン州をほとんど出なかった、という解説には仰天した。一州に留まっていながら、あれほどにヴァラエティに飛んだ話を書けるものなのか。

 ジャック・リッチーのあの手この手

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読んだ本#38~洋梨形の男~

 奇想コレクションシリーズで中村融氏編訳にハズレはない。この自説は再び裏付けられたぞ。
 作者は大河ファンタジー『氷と炎の歌』シリーズの作者だそうだが、そんなメガヒットの親とは思えぬほどキモくてグロい話が多い。で、私はというとこういうキモくてグロい話が大好きである。とある映画の出演者が「神様でなければエログロ好みは人間の本質。それを隠さずに追求する○○監督はエライ」とコメントをしているのを見て、しずかにうなずいたもんな。エログロバイオレンスナンセンスってのは悪戯にひけらかすもんでもないけど、躍起になって排斥するというのもそれはそれで病的だと思うんよ。まあそのコメントがあった映画ってのが『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』ってのもまたそれはそれでどうなんだ、って思うけど。

 洋梨形の男

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読んだ本#37~物しか書けなかった物書き~

 河出書房新社から出ているKAWADE MYSTERYを図書館でちょくちょく借りてきている。小品の傑作・佳作が多数収録されていて、小気味良く読み進められる。その代わりただでさえ物忘れのひどい筆者のこと、悲しいことにばんばん忘れていってしまう。今回は珍しく時間に余裕をもって読み終えられたので、備忘録として記しておく。
 作者はミステリ・マガジンの常連でありながら、現在行方は杳として知れないという経歴通り、なかなか人を食った作品群である。

 物しか書けなかった物書き

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旅する文学館

 ここ最近集中的に書いた椎名さん関連の記事は、こちらのサイト“椎名誠 旅する文学館”を参考にしております。
 建物を持たない文学館という謳い文句通り、インターネット上で開館している椎名さん関連の情報局。著作や旅行記録のデータベース化がされており、感想記事を書いたり新作旧作をチェックしたりする際には大変助かる。各所に使われているイラストが、愛嬌があって微笑ましい。沢野ひとしさんではないようだから、これは椎名さんの手によるものか? しりあがり寿的な味ですな。
 最も読み応えがあるのは、椎名さんご本人と名誉館長・目黒考二氏が著作にまつわるエピソードを話し合う椎名誠の仕事”コーナー。『自走式漂流記』や“思えばいっぱい書いてきた”でも自作に対するコメントは掲載されていますが、改めて過去作への思いや評価を友人同士の目線で語られるのは、ファンとして大変興味深く、よろしいことだと思います。基本的に96年までのコメントは『自走式漂流記』の再録ですしね。気の合った仲間同士の会話というあんばいで読み物としても面白い。映画を撮り始めた椎名さんに対し、目黒氏は小説に専念すべきだとずっと批判してきていた、椎名さんもこの頃ほどの筆力はないと頷く(『アド・バード』回より)姿には当時の熱量と時代の経過を覚える、なかなかのドラマであるな。
 また椎名さんの古い友人であり、味噌蔵に閉じ込められるほどの活字中毒者であり、クール印のヒロオカ(『がんばれ!! タブチくん!!』が元ネタ?)と称された東ケト会が釜炊きメグロ氏だけあって、その評価はスルドク容赦がない昔大好きで、今でもかなり好きな初期エッセイがボロクソな評決を下されているのは「たはー」って感じです。そういえば前回俺がホメてた『もう少しむこうの空の下へ』も女性が印象を残すとしながらも、「椎名の作品のなかでそれほど優れた出来の作品ではないと思うんだけど(笑)」という評価で、椎名さんご本人も「まあな」と認めている。たはー。
 そういえば『長く素晴らしく憂鬱な一日』は傑作だという人と大失敗作だという人で真っ二つに分かれる作品だった、とおっしゃられているが、その大失敗作と言っているのが誰であろう目黒氏で、顔を合わせる度に「あんなにつまらない小説は早くやめたほうがいい」と言っていたらしい。あんまりつまらないつまらないと目黒氏から言われたもんで、椎名さんもやる気がなくなってやめちゃった、というくだりは爆笑してしまいました。この回、後半椎名さん「うーん」としか言ってないし。
 勿論目黒氏が太鼓判を押した作品は沢山あるし、私のイチオシ作が絶賛されているのを見ると気分よく嬉しくなる。誉七貶三などと揶揄されていた書評界に、『本の雑誌』創刊当時からハイキックを浴びせてきた硬骨活字中毒者だけあって、おためごかしの気を使った発言はいらないのだ。椎名さんとの間柄であるしな。『みるなの木』回は、“思えばいっぱい書いてきた”の意気込みと合わせて読んでほしい。『春画』『かえっていく場所』、この「暗い私小説」二冊に目黒氏も惜しみなく高評価を与えているのを見ると、筆者の受けた衝撃は一過性のものではなさそうだ。こうして評価されているのを目にしたら、手放してしまった昔の作品もまた読みたくなってくるなあ。『問題温泉』とか探せばまだ見つかるかしら。
 自他ともに忘れっぽいと認められている椎名さんであるが、目黒氏もかなり忘れており、二人してそっくり忘れている本が多い、というのも知った。『赤眼評論』の回なんて全然内容に触れてなかったりするし。ま、そんなところもご愛嬌という事で。
 ここで目黒氏が提案している「北政府ものを集めて『続・武装島田倉庫』としてまとめて読みたい」というプロジェクトには、大いに賛同したい。そんなものができちゃったらシーナ・ワールドアマチュア研究家として垂涎必携の一冊ですぞ。椎名さんは及び腰のようなんだけど……。

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読んだ本#36~もう少しむこうの空の下へ~

 椎名さんから離れてからも、暫くはちょこちょこ出版された書名をチェックしていたものだが、この本は全然聞き覚えが無かった

 もう少しむこうの空の下へ

もう少しむこうの空の下へもう少しむこうの空の下へ
(2000/07)
椎名 誠

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 最近(この「最近」とは10年ぐらい前までを含むおじいちゃんの「最近」である)出た本なのだろうか、と思って初出を見てみたら、なんと一番古い作品が1995年でびっくりした。『自走式漂流記』の出る前ではないですか。確かに『白い馬』が「新しい映画」と表現されているから、その時分でもおかしくはないんですが。98年あたりまではまだ追っかけていたのだがなあ……と首をひねっていたところ、第一刷は2000年だったと聞いて納得。毎回20枚と少なめの分量に、ほぼ隔月のペースなので時間がかかったんでしょうか? 確かに最後の作品は1997年の8月号に掲載、とあるから、本にまとまるまで3年のスパンがあることなんて不思議ではない……のかな。出版業界の事情は全然知らんので何とも言えませんが。
 それはさておき、椎名さんの文章は読んでいるとなんか心が優しく落ち着くものがある。思い入れがある、という贔屓目を差し引いても、つまんないことですぐに荒れたり浮ついたりするいささか情緒不安定気味な筆者の精神を静かに大人しくセンチにしてくれる、というのは、これは作家の力量というものではないかナ、と素直に感服したい。
 本書は時期的に先ごろ紹介した『春画』、鬱期を前にしてなのか、文章に哀切が漂っているのであるが、その哀切が程よくてしみじみと良い。「暗い私小説」はちょっと暗過ぎて時々大丈夫かなあ、と心配してしまうこともあった(それ故迫真の重苦しさがあるのですが)けど、この『もう少しむこうの空の下へ』は、寂しさを臭わせながら、それに沈み込まないバランス感覚がある。物語は椎名さんが海べりの街へ旅立ち、そこで出会う人々の話。大きな事件があるわけでもなく、(創作も混じっているので本人というわけではないが)椎名さんが見たまま感じたままを訥々と語っていく。島でひとつになりそうな男女をひそかに期待を込めて見つめながら、後にもう一度訪れた時結局そうはならなかったことを、気を落とさずに「人の生き方はそれぞれだから……」と、ただしずかに眺めている。目の前を過ぎ行く事物を観察する作家としての視点と、それを処理する自己の内面、その距離感が私小説路線の中でも特に巧く表現されている気がするのだ
 このひとつになりそうでならなかった男女の話、そして去りゆく女の話、最後の『そこにいけば……』は本書の中でもトリを飾るにふさわしい出色の出来。前日譚『花火のまつり』を踏んでからのこのラストからは、人生のままならなさへの嘆き、苛立ち、そして所詮は他人事という諦め、いろんな感情を見て取れる。全体的に静かで、何が起こるでもない、起きても穏やかに流れる語り口調が続いていたのが、最後の最後で激しい女性の人生に迫りながら吐露された様々な感情の波には、完全に不意を突かれた。称賛していた絶妙な距離感がここでは敢えて破られ、万物流転諸行無常、人生なんてそんなものと物思いながらも現実を俯瞰で見ていた作者の視点が、一歩踏み込むのを感じた。それだけにこの感情の噴出は強烈な印象を残してくれた。去りゆく女の話の後に、海を眺めて東京で一旗揚げることを決意し、猛烈な仕事量をこなしてついに実現した居酒屋の経営者の過去を置くことで、「別れ」にそっと希望を添えて「旅立ち」に仕立てる構成も心憎い。この二篇だけでも、筆者には当分忘れ難い一冊になりそうだ。
 仕事上のいさかいや友人の死、不眠症の気配など鬱期の片鱗を窺えることもあり、「明るい私小説」から「暗い私小説」への橋渡し的な意味でも、価値ある一冊と言えましょう。
 それにしてもこのタイトルは美しい。『さよなら、海の女たち』『かえっていく場所』に並んで、椎名さんの著作の中でも屈指の名タイトルではないでしょうか。

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銀河アズマ

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